自分のせいで誰かを不幸にしたら、幸せになってはいけないと思う――壊れやすくて脆い10代の青春を描く!

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/9

#君と明日を駆ける
『#君と明日を駆ける』(一宮梨華/KADOKAWA)

 親友の死がきっかけで、走ることをやめてしまった高校2年生の都。彼女は陸上部の短距離ランナーで、部内でも将来を期待される選手だった。そんな彼女に、同じ陸上部の有川は「もう一度走ろう」と彼女の迷惑を顧みず何度も誘いをかけてくる。

 都は有川の無神経さに腹を立てるのだが……。

 後悔を抱えた少女の姿を描いた小説『#君と明日を駆ける』(KADOKAWA)は、小説投稿サイト「魔法のiらんど」で公開されたWEB発小説で、カクヨムと同時開催されたコンテストの特別賞受賞作である。

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#君と明日を駆ける

 ヒロイン視点で語られる物語だからこそだが、この有川がまぁ本当に「バカ」がつくほどの能天気キャラで、ただ走ることだけを純粋に楽しんでいる元気男である。それが親友の死に後悔を抱える都にとっては、煩わしくてしょうがない。実際読んでてもうるさくてしょうがない(笑)。

 だが、この圧倒的陽の存在である有川だからこそ、陰に落ちてしまった都を引っ張り上げることができるのである。

 このお話は、ヒロインの抱える後悔を乗り越えることが大事なテーマではあるが、さりげなくピュアな恋愛模様も読みどころのひとつである。特に男性キャラたちの。都自身は自分のことでいっぱいなため、自分の気持ちにも他人の気持ちにもまったく気づけていない。(だからこそ、親友とも仲違いしてしまうことになるのだが……)そのため、有川が、どうしてそこまでして都を陸上に誘うかが理解できないのだ。

“ インハイの動画? 興味深いフレーズに思わずグイグイ身を乗り出す。だがそんな私から有川はなぜか距離を取ろうと離れていく。
「ちょっと、見せてよ!」
「いや、お前近いから」
「自分ばっかり独占してずるい」
「そうじゃねーよ、バーカ」
わかれよ、となぜかちょっと顔を赤らめもごもごとらしくない口調で言う。”
(本文より一部抜粋)

 はい、ときめく――――!!!!

 都がめちゃくちゃ鈍感なだけに、このなんともいえない距離感に打ちのめされる。このころはまだ、都には親友の死という重責はのしかかっていないが、有川としては、同じ短距離ランナーとして互いを高め合える存在がいなくなってしまうことが耐え難かったのだろう。こんなときめく時代をともに過ごした相手が、どんな理由があれ、ある日突然走るのをやめる、と言い出したら、それはもうどうしたって引っ張り上げたくなるというものだ。

「お前はさ、ちゃんと向き合った? 幼馴染のことも、部活のことも。吉沢のことだって結局見て見ぬフリしてんじゃねぇの?」(本文より一部抜粋)”

 有川だからこそ言える、ストレートな言葉が随所で胸に刺さる。つらいことがあれば、それが自己嫌悪からくるものであれば、誰しも見て見ぬふりをしたいし、逃げ出したい。

 ところが、葛藤を抱える都の前にもう一人、優等生でサッカー部所属のクラスメイト水嶋が現れる。女の子に大人気の優しいモテキャラで、有川とは親友だが、性格は正反対だ。

 水嶋は都に「疲れたら休むのもあり」と告げる。

 それは都にとって目から鱗が落ちるような思いでもあり、正直人間的には出来過ぎくんな水嶋なので、こんなこと言われたらたいていの女子はコロリと落ちると思う。

 すわ三角関係か!? とも読めるが、実際には前述のとおり都が鈍感女子なので、少女漫画における「私のために争わないで……」的展開にはならない。多分。おそらく。あ、うそ。ちょっとなる。

 とはいえ、有川自身は恋心で動いている……というよりは、ただひたすら、一緒に頑張ってきた好敵手のために! という部活大好き男子高校生本能で動いているだけなので、だからこその重たくなりすぎない甘酸っぱい恋愛模様を、ぜひニヤニヤと見守ってほしい。

 本書は、異世界に転生して誰かを救うわけでも、親友の死の真相を解き明かすミステリーでもないけれど、読んだ後に、どうしようもなく駆けだしたくなる、まるでカバーイラストのような爽快感を味わえる物語だ。

 お手元には、炭酸水か、さわやか清涼飲料水とともに楽しんでいただければ、この作品の持つ世界観を、ぐっと身近に感じられるのではないかと思う。

文=日州文子