アイドルの「恋愛禁止」を裁判所はどう判断する!? アイドルもファンも運営者も読んでおきたい法律書

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公開日:2020/8/7

『地下アイドルの法律相談』(深井剛志、姫乃たま、西島大介/日本加除出版)

 アイドル戦国時代といわれたのも今や昔。日本のエンターテインメント産業を支えるひとつの文化として定着した今、女子アイドル界を見渡すとさまざまなユニットやメンバーが、それぞれの場所で活躍している。
 
 今年はコロナ禍での開催中止が告げられたが、2010年から毎年夏に行われてきた女子アイドル界の大規模イベント「TOKYO IDOL FESTIVAL」では、昨年の出演者数が212組・1393名に及び、グループの実績を問わず、いまだ多くのメンバーたちがその世界の頂点を目指して、日々の活動へ打ち込んでいる状況だ。
 
 ただ、女子アイドル界に関連した話題として、昨今では彼女たちの“労働問題”について掘り下げる言説もよくみかけるようになった。弁護士・深井剛志氏、元地下アイドルのライター・姫乃たま氏、漫画家・西島大介氏による書籍『地下アイドルの法律相談』(日本加除出版)も、その世相を受けた1冊である。

契約を元に「アイドルにとって働きやすい環境を」

 アイドルに精通するプロインタビュアー・吉田豪氏は、本書の帯に「地下アイドル運営の8割は信用できない」と寄せる。と、ここで少し、タイトルにもある「地下アイドル」という言葉の意味を整理しておきたい。

 結論からいえば、明確な定義は存在しない。しかし、地下アイドルというフレーズは便宜上、比較的小規模な場所でのライブや握手会をはじめとしたイベントに注力し、熱烈なファンを獲得しているグループを意味することが多い。対義語に位置付けられるのは「メジャーアイドル」という言葉で、大手事務所に所属しておりメディアでの露出が多く、数千人または数万人の観客を集められるグループを指すことが多い。

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 これらの前提を踏まえたうえで本書が斬り込むのは、地下アイドル界のメンバーたちが抱えうる「契約」の問題で、現場で想定されるさまざまなシチュエーションに応じた細かな解説も提示している。

 本書の背景には、著者の弁護士・深井氏が「まえがき」に寄せた「契約面での不均衡を少しでも是正し、アイドルにとって働きやすい環境を作るために、法的に契約内容の問題点を指摘する」という思いがある。ただ、見方を変えれば業界の異なる一般の労働者も、自分の身に置き換えながら、さまざまな問題を深く考えることができるはずだ。

恋愛禁止条項を裁判所は「行き過ぎ」と判断

 本書の目次をみると、シチュエーション別にさまざまなトラブルの事例とその解説が並んでいる。これらを単純に、地下アイドル界の話だと割り切るのか、それとも、労働契約の問題と広くみるかは人それぞれだろうが、偏見なしに読んでほしいというのが筆者の率直な感想だ。

 例えば、アイドルには「恋愛禁止」という言葉がしばしばつきまとう。だからこそ、過去や現在進行形の交際相手との話題が大々的に報じられることもあるのだが、本書によれば、契約書に書かれた恋愛禁止の条項について、実際に裁判で争われたケースもあったという。

 ファンの男性と恋愛関係になってしまったアイドルに、事務所が損害賠償金の支払いを求めた裁判では、契約書に書かれた条項の「有効性」が問題になった。以下、本書で紹介されている裁判所の判断だ。

「恋愛をする自由は、人間が幸福に生きていくうえで重要な行為なので、損害賠償という形をとって恋愛を禁止することは、行き過ぎである」

 加えて、裁判所は「アイドルが事務所に損害を与える目的で、わざと恋愛をしていた事実を公表するなど、害意がある場合に限定するべき」と補足した。著者はこれについて、アイドルの恋愛禁止は「基本的人権の観点から慎重な議論も必要」と見解を示す。住む世界が変われば“自由”が許されているものを、厳しく制限することに対して慎重になるべきとする意見には深くうなずける。

 このほか、昨今目立つ彼女たちの“卒業”やファンとの関係性など、地下アイドル界を取り巻く契約と法律の問題を余すことなく紹介する本書。読者の視点はさまざまではあるものの、現実に対して一石を投じる1冊であるのは間違いない。

文=カネコシュウヘイ

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