「完読して絶句…」これまで書いてきたなかでも最大級に歪。ミステリ界の鬼才が贈る本作はミステリか否か?

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/8

これはミステリではない
『これはミステリではない』(竹本健治/講談社)

 これまで僕が書いてきたなかでも、最大級に歪。――そんな作者の言葉が裏表紙に記されている『これはミステリではない』(竹本健治/講談社)を完読し、絶句した。この、何とも言えない読後感はなんなのだろう。初めて味わう自分の感情に驚き、戸惑った。だから、世のミステリ好きにも、ぜひこの気持ちを味わってほしいと思ったのだ。

「犯人当て小説」の事件が現実のものに…

 物語は宝条大学のミステリクラブが行っている、とある合宿イベントでの出来事から始まる。その合宿では、ひとりの部員が犯人当て小説を書き、他の部員たちが犯人と推理した過程を解答して提出し、翌日に解決篇が読み上げられ、寄せられた解答への採点と作品への合評が行われるのが創設時からの習わしになっていた。

 そんな中、今回の出題者が絞殺され、犯人当ての小説が消えるという事件が発生。犯人はなぜ、殺人を犯したのだろうか…。5人の部員たちと共にそう考えていると、いきなり予想外の展開となり、物語の景色がガラっと変わる。ああ、なんだ。自分は騙されていたのか――…。

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 実は、一連の事件は香華大学のミステリクラブに所属する橘聖斗が出題した犯人当て小説。橘は自分たちミステリクラブが行っている合宿を反映させ、犯人当ての小説を描いたのだった。

 彼が生み出した小説の謎を解き明かすべく推理に挑むのは、同じミステリクラブの部員たちと、香華大学と密な関係を築いている聖ミレイユ学園の「汎虚学研究会」に所属する4人の高校生。

 …よし、今度こそ犯人を突き止めてやる。そう読者が思うのも、つかの間。なぜなら、出題者だった橘が死体で発見されてしまうからだ。事件発生時に濃い霧が発生していたことや、小説の解決篇がなくなっていたことなど、橘の死には彼が描いた小説との類似点がいくつも見られた。

 そこでミステリクラブの部員たちと汎虚学研究会のメンバーたちは、橘が生み出した作品に何か犯人に繋がるメッセージが隠されていたのではないかと推測。登場人物と自分たちの対応関係を整理しつつ、真犯人を突き止めようとするのだが――…。

 重構造の事件が解明されていく過程で徐々に明らかになっていくのが、作者が裏表紙にしたためた「歪」の意味。登場人物たちがおかしな夢を見たり、作中の推理になんとなく違和感を覚えたりと、なぜか心がざわつくのだ。そして、ラストにたどり着いた時には、たしかにこれは歪だ…と唸ってしまう。

 書籍名通り、本作はミステリではないのか、それとも新感覚のミステリなのか。その判断が個人によってこれほどまでに異なりそうな作品には今まで出会ったことがないから驚いた。もしかしたら、本作は「ミステリ」ではなく、「竹本健治」というジャンルにカテゴライズされるのかもしれない。

 竹本節が存分に詰め込まれた本作は、王道のミステリ小説にマンネリを感じている読者への「挑戦状」でもあるようだ。

文=古川諭香