戦争で焼け野原になったマンガ文化が昭和以降に世界中を席巻するようになったワケ

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/15

日本マンガ全史
『日本マンガ全史 「鳥獣戯画」から「鬼滅の刃」まで』(澤村修治/平凡社)

 世界に誇る圧倒的芸術文化が日本にある。マンガだ。その歴史は意外と浅く、明治時代に原形のようなものが誕生し、大正時代に新聞の紙面上で4コママンガが登場。そして昭和初期、雑誌にマンガが掲載されるようになり、コマがページをまたいで描かれるようになった。

 その後、戦争によって紙資源が制限され、出版物そのものが焼け野原のごとく皆無になり、戦後を迎えて日本人が読み物に飢えていた頃、手塚治虫をはじめとするマンガ界の巨匠が続々と登場。ここからマンガ文化が加速度的に進化し、世界へ羽ばたいていく。

 日本の後世に伝わる作品の中で、「マンガ的な表現技法」がなされた最も古い絵画は『鳥獣人物戯画』だ。およそ800年以上前からマンガ文化(らしきもの)は存在していたのである。それから時が過ぎて明治時代になり、ようやく「1コママンガ」のような表現が確立される。

 絵を連続させてひとつのストーリーに仕立てた現在のマンガは、大正時代になってようやく誕生した。その後100年余りというわずかな時間で、驚異的な進歩を遂げることになる。

 そして今この瞬間も数多の作家が原稿にマイナーチェンジ(=小規模な実験)を試み、読者がそれにさまざまな批評を投げ、さらに作者がマイナーチェンジを試み、進化のスピードを緩めることなく発展を続ける。

『日本マンガ全史 「鳥獣戯画」から「鬼滅の刃」まで』(澤村修治/平凡社)は、そんなマンガの歴史をたどる年表のような1冊だ。マンガという芸術文化を、成り立ちとともに徹底的に因数分解して、分析して、考察して、まとめあげた本書は400ページに及ぶ。物理的にも熱量的にも大変に厚みがあり、どこから読み始めても「ほぅ~」とうなってしまう。

マンガを一言で表すならば

 マンガと聞いて、まず思い浮かぶ言葉はなんだろう。ライト層ならば、『名探偵コナン』や『鬼滅の刃』など、超有名作品のタイトル名が飛んでくるかもしれない。ヘビー層は、「キャラクターの魅力!」や「ストーリー展開!」など、作品をおもしろくする要素を挙げるだろうか。もしくは「アニメがどれだけおもしろいか!」という声も飛ぶかも。たしかに2019年から爆発的な人気を博す『鬼滅の刃』も、アニメの大ヒットによって社会現象を引き起こした。

 どのような意見が出てきても、マンガを楽しむ声ならば全部正解。ただ本書を読んだ後ならば、まったく異質な意見が飛び出すはずだ。著者である澤村修治さんの「あとがき」から抜粋したい。

日本マンガの歴史を、全体への目配りを心がけながら、コンパクトにそして「物語」として描きだす作業は、ここにひとまずの役割を終えた。辿ってきた足どりを振り返り、いま改めて思うのは、マンガという文化現象の圧倒的な混沌性である。

 今も根強い人気を誇る『サザエさん』が、新聞の4コママンガから生まれた事実を知る人がどれだけいるだろうか。かつてマンガは、大人を含めた幅広い世代が楽しむ文化だった。

 それから戦後の昭和を迎え、各出版社がこぞってマンガ雑誌を創刊するようになる。『少年倶楽部』や『幼年倶楽部』など、子どもをターゲットにした雑誌が人気を呼び、『ドラえもん』や『天才バカボン』など、巨匠たちによる国民的マンガが多数生み出された。

 ひとつの文化として確立したマンガは、ここからいくつかの革命ともいうべき転換期を迎える。

マンガ文化のいくつかのターニングポイント

 マンガに決定的な影響を与えたのが、テレビの登場だった。テレビは情報をリアルタイムで伝える。そのため人々の生活サイクルがスピードアップしたといわれており、かつて「月刊誌」が主流だったマンガは、人びとの生活に適応した「週刊誌」へと移行を始める。

 とくに1959年に、日本初のマンガ週刊誌『週刊少年サンデー』と、『週刊少年マガジン』が同日に創刊されたことは、日本マンガ史最大のターニングポイントといっても過言ではない。両誌は創刊当時からライバル関係となり、読者を奪い合うように数多のマンガ作品を輩出し、今この瞬間もしのぎを削りながら日本のマンガ界をけん引している。

 マンガが確実に読者数を伸ばし活況になると、今度は「大人の鑑賞にも耐えうる作品」が生み出され始める。『巨人の星』や『あしたのジョー』だ。さらにお店からマンガを借りる「貸本」というマニアックなサービスが当時存在しており、ここから『ガロ』や『カムイ伝』をはじめとする劇画で描かれる作品も生まれる。これらは少年でも大人でもない「青年」たちから支持され、マンガ文化の細分化が着々となされていった。

 そして1960年代に入って、女性作家による少女マンガが頭角を現しはじめる。「日常」を題材にしたストーリーは心理描写において男性作家を圧倒し、ついに現在の定番である「学園モノ」と「スポーツマンガ」が登場。『レモンとサクランボ』は「学園モノ」において最初の大ヒット作であり、『アタックNo.1』は「スポ根モノ」の原形である。

マンガはさらなる転換期を迎えている

 このようにしてマンガが舞台を新聞から雑誌に移し、幅広い年代に支持される作品を描き続けることで、短い間に多種多様な進化を遂げた。その潮流は、日本最大のメガヒットとなった『ONE PIECE』へと途切れることなく続いていく。

 一方でマンガには別の転換期も存在する。アニメの登場だ。1963年、アニメ「鉄腕アトム」の大ヒットで、日本では定期的にアニメブームが起きるようになった。さらにアニメと連動させて、おもちゃや文具、お菓子などへと商品展開するキャラクタービジネスが確立し、マンガ作品が2次展開することで大変な利益を生むようになる。「鉄腕アトム」の大ヒットからテレビアニメ制作の関心が急激に高まり、人気作はマンガとアニメの連動が定番となった。

 さらにアニメ化することで「翻訳」という越えがたい文化の壁が取り払われ、日本マンガはアニメとして世界に羽ばたくようになる。1990年代のはじめ、フランスでは子ども向け番組のうち9割が日本アニメだったといわれており、いくつかの国で日本アニメが席巻した。

 日本でマンガが誕生して100年余り。この短い間に、これほど混沌とした歴史を持つ文化はそうない。

 そして現在、マンガはまた別の転換期を迎えている。デジタル化だ。ネット全盛によって紙を主力としてきた出版界そのものが大きく傾くようになり、ネットで楽しめるコンテンツ化への対応が迫られている。マンガもその波に逆らえず、2017年、ついにコミック市場において電子が紙を上回ってしまう。この逆転劇には紙の売上が大きく落ち込んだことが影響しており、マンガ界の厳しい情勢が浮き彫りとなった。

 その荒波の中でも『鬼滅の刃』をはじめとする大作を、マンガ家たちは今も生み出し続けている。マンガの歴史は浅く混沌としたものだ。しかし100年前も、今も、ずっと変わらないものがあるとすれば、マンガ家たちの「おもしろい作品を作りたい!」という熱量であり、「それを読みたい!」という読者の欲望だろう。両者の共通する願いが強く結びつくことで、厳しい状況下であってもマンガは進化を続ける。本書はそんな素晴らしいマンガの軌跡を解説してくれるだけでなく、マンガへの熱い思いが再燃する大変に重みある1冊だ。

文=いのうえゆきひろ

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