芸能人の風俗発言、リアリティ番組出演者の誹謗中傷…「許せない」を探して怒り続けるSNSの異常な実態

社会

公開日:2020/8/17

『「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』(坂爪真吾/徳間書店)

 匿名のつぶやきが「みんなの怒り」として加工され、ハッシュタグつきで広がる最近の風潮は、少し怖い。SNSでの誹謗中傷は問題視され始めたが、誹謗中傷をなくすために別の誹謗中傷が増えるという本末転倒な事態も起きている。
 
 一体なぜ、私たちは見えない相手への「許せない」を探し求めてしまうのか。それを解き明かすのが『「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』(坂爪真吾/徳間書店)だ。

“あなたは、最も手軽に入手できる「麻薬」を知っているだろうか。(中略)その「麻薬」の正体は、「怒り」である”

 こう語る坂爪氏は、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」などで現代の性問題や社会問題解決に取り組んできた人物。本書ではSNSのジェンダー論争から怒りの構造をひもとき、「許せない」にとらわれず他者や社会と繋がるヒントを提示している。

「男が許せない」「女が許せない」の裏にある感情は?

 突然だが、あなたは「フェミハラ」という言葉を知っているだろうか。「フェミハラ」とは、フェミニストと称する女性たちが女性差別をしているとみなした個人や団体に糾弾を繰り返し、倫理的責務を負わせようとするある種のハラスメント。Twitterには、男性に対して過激な批判を綴る「ツイフェミ」がしばしば見受けられる。

 なぜ、彼女たちは「男が許せない」と思うのか。坂爪氏はその理由と共に、「許せない」がやめられなくなる過程を解説。怒りが止められなくなった過激なフェミニズムが、他者への暴力の免罪符として使われている現状にも警告を鳴らす。

“フェミニズムを「何でも斬れる刀」だと誤解してしまうと、フェミニズムの死角や限界に気づかなくなる。その結果、自らの言動のダブルスタンダード=矛盾や恣意性にも気づかなくなってしまう。フェミニズムは、「自滅の刃」でもあるのだ。”

 被害者がいるという事実は、見過ごされてはならない。だが、それは加害行為の免罪符にはならない。他人の戦いを自分のものとしてみなし、参戦することがソーシャルな振る舞いだと思われ、やられていなくてもやり返す姿勢が肯定・賞賛されるふしもあるが、それは、ヒステリックなわめきとして見られていた女性の叫びを思想や運動、さらに学問へと変えてきたフェミニストたちが望んだ結果なのだろうか。

 こうした怒りの暴走は一部のミソジニストや、マスキュリストにも言えること。坂爪氏いわく、彼らが「女が許せない」と思う原因は、今の日本に「女尊男卑」的風潮が強いからだという。恋愛・婚活市場が女性優位であったり、同じ言動をしても女性より男性のほうが非難されやすかったりする現状に不平等感を募らせている人は多い。フェミニストからの批判や同意見の男性による賛同の中で怒りが強まっていけば、新たな「許せない」が生まれる恐れもあるだろう。

 ジェンダー論争は今のところSNS内にとどまっているが、海外では現実世界で事件が起きているため、私たちは自分や他人の怒りと上手く付き合う方法を知る必要がある。キーポイントは、「男or女が許せない」という心理の裏にある“本音”だ。坂爪氏はジェンダー論争を繰り返す人たちの原動力は、自己嫌悪ではないかと指摘する。

 傷ついた時、他の人にはかけられないような言葉でも自分には容赦なく浴びせられるので、自己嫌悪に陥りやすい。その中で異性嫌悪や同族嫌悪を、自分を許せない苦しさから逃れるため身近な異性や同性に投影してしまう。私たちが画面越しに攻撃をしているのは他人の中の自分、あるいは自分の中の他人だと言える。

 では、怒りを求めてタイムラインを巡回しないためには、どうしたらいいのだろう? そのヒントは、同じように「やめられない」に苦しんでいる依存症の人や、その支援者が知っているという。これまでとは違った視点からSNSの怒りを捉える本書は、他人だけでなく、自分を救う術も教えてくれるのだ。

 また、本書にはLGBTや萌えキャラ文化への差別的言説など、SNSで炎上しやすい昨今の論点についても深く掘り下げられ、多角的な視点から当事者心理を理解するヒントが盛り込まれている。

 怒りの攻撃だけで社会を変えることは難しい。自身も誹謗中傷を受けたという坂爪氏から「怒りの快楽にとらわれない生き方」を学ぶと、新しい生き方や社会の変え方が見えてくる。ぜひこれを機に「許せない」にとらわれない人生を手に入れてみてほしい。

文=古川諭香

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