『キミスイ』の価値観が崩壊する衝撃! 映画『青くて痛くて脆い』に自意識をえぐられる!

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更新日:2020/8/23

青くて痛くて脆い
『青くて痛くて脆い』(住野よる/角川文庫)

 なりたい自分になる、という言葉の暴力性について、『青くて痛くて脆い』を通じて住野よるさんは語りたかったのかもしれない、と映画を観終えたあとで思った。

 就活サークル「モアイ」をぶっ潰そうと意気込む主人公の大学生・田端楓に、後輩の川原が言うセリフがある。「自分に自信を持ちすぎなんじゃないかなって思うんすよね」「別に凄い人やとは思っていないと思うんすけど、でも、ちゃんとしなくちゃ、ちゃんとしてて当たり前やって思ってるんやないかなって」。

青くて痛くて脆い
茅島みずきさん(川原役)

 映画では語られない言葉だけれど、そこに作品の核があるのだと改めて思った。立派な自分にならないといけないと思いすぎている、なれない自分を好きになれなくて、なれているように見える他人についネガティブな感情を向けてしまう、本当は誰よりまじめでがんばりやな人たちに、届けたい物語なのではないかと。

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青くて痛くて脆い
杉咲花さん(秋好寿乃役)

「人に不用意に近づきすぎない」がモットーの楓が、大学で出会ったのは、空気を読まず、理想論を口にし続ける秋好寿乃。いちばん近寄りたくないタイプだった彼女と、なりゆきで“なりたい自分になる”ための秘密結社モアイをたちあげたはいいが、やがて彼女は楓の世界から消えてしまう。そしてモアイは、就活のコネづくりがメインの意識高い系サークルとなり果てる。秋好の理想をとりもどすため、楓は大学生活最後の思い出にモアイを潰そうと決めるのだが……。

 というあらすじは映画も原作と同じなのだが、細部の描写が少し異なっている。その一つが、モアイの活動をおもしろがって、助言するようになった大学院生の脇坂。やがてモアイを変容させるきっかけともなった彼は、原作以上に象徴的に描かれる。

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柄本佑さん(脇坂役)

 他人との関わりを避けていた楓の世界を変えてくれたのは、秋好だった。けれど秋好は常に、楓に手をさしのべる側。自分の世界を変えることで精いっぱいの楓と、ひとりでも多くの人が幸せになるために世界を変えたいと願う秋好。スタート地点も進むスピードも違う2人が、少しずつすれ違っていく過程は、どちらが悪いわけでもないので、とにかく切ない。楓の秋好への想いが、恋か友情かなんてどっちでもいいのだ。むしろ恋ではなく、はじめての“友達”だったからこそ、そのすれ違いは苦しかったのではないかと思う。だからこそ、すれ違いを解消しきれないまま訪れてしまった別れが、モアイへの憎しみに変わる傷となってしまったのだろう。

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吉沢亮さん(田端楓役)

 と、さまざまに深読みさせられるのは、とにかく役者の演技がすばらしいからである。国宝級イケメンといわれるほど端正な顔立ちながら、自意識過剰のウザさを全開まで表現できる楓役の吉沢亮さんはもちろん、秋好の強すぎる正義感と空気の読めなさを、意志の強いまなざしと愛嬌でくるみこんでしまう杉咲花さんは、他に誰が演じられるだろうというハマり役。そんな2人を初期から見守る柄本佑さん演じる脇坂さんの、どこか飄々とした大人の色気にはきゅんきゅんしてしまうし、3人以外のキャストもセリフ外の演技が抜群にうまいのだ。

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森七菜さん(西山瑞希役)

 個人的には、モアイのボランティア先である、フリースクールに通う生徒を案ずる高校教師を演じる光石研さんの演技が、あまりに鬼気迫っていて鳥肌がたった。「このままでは役立たずになるぞ!」と、森七菜さん演じる不登校の生徒をむりやり引っ張りだそうとする姿には、「誰もかれもが急いで成長できるわけではないし、動きださない時間もまた成長の一歩なのだ」というテーマ性も浮かびあがっていて、映像ならではの演出にもふるえた。

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光石研さん(大橋役)

 まわりの人たちはどんどん変わっていくのに、自分だけが変わらない。そのもがきと苦悩は、川原の言うとおり、自分に期待をしすぎているがゆえでもあるのだけれど、じゃあ“なりたい自分になる”という言葉自体が悪いのかといえばそうではなく、少なくとも今の自分の、その言動と選択は、ちゃんとなりたい自分に近づけるものだろうか、と問いかけることで踏みとどまれるものもある。ということも映画では丹念に描かれる。

 青くて痛くて脆い楓のような人間を通すからこそ、見える景色も、救いもある。いたたまれない気持ちになる人もきっと多いだろうが、映画と原作、あわせて細部を味わい、みずからの青さ、痛さ、脆さを愛でてほしい、と思う。

文=立花もも

©2020映画「青くて痛くて脆い」製作委員会