人生は取捨選択の連続。「もしも」の世界を描く、切なすぎるSF×ボーイ・ミーツ・ガール小説

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/27

あの夏、夢の終わりで恋をした。
『あの夏、夢の終わりで恋をした。』(冬野夜空/スターツ出版)

 人生は、後悔の連続だ。私たちはいつだって「あの時ああしていれば…」と悔やみ、もうひとつの叶わなかった未来に思いを馳せる。ゲームならセーブポイントまでさかのぼってフラグを立て直せるが、現実はそうもいかない。そのうえ、過去に戻って選択し直したところで、今より良い結果になっているとも限らない。どんな道を選んでも、今を大切に生きるしかない。そうわかってはいるが、どうしたって苦い思いは胸にくすぶり続ける。

 冬野夜空さんの新作『あの夏、夢の終わりで恋をした。』(スターツ出版)も、そんな選択と後悔の物語だ。

 2年前、羽柴透は交通事故により、妹を目の前で失った。足がすくんで一歩も動けなかった自分を責め、本来妹が経験するはずだった青春を拒み、音楽の道も諦めてしまった透。だが高校最後の夏休み、ふらりと入ったカフェで、透はピアノを弾く少女・日向咲葵と出会う。その音色、微笑をたたえた横顔に一瞬で魅せられ、透は彼女に告げる。「……ひと目惚れ、しました」と。

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「後悔のない選択を」という透の理念から外れた行動だったが、ふたりの仲は急速に近づいていく。「町主催のコンサートでピアノを弾きたい」と話す咲葵の練習に付き合ったり、映画を観に行ったりしながら関係を深めていき、やがてふたりは恋人同士に。ここから先、透は失った青春を取り戻すのだろう…と思いきや、読み進めるにつれてチクチクとした違和感が読者の胸を刺す。

 この引っかかりをもたらしているのが、各章の間に挟まれた「間奏」だ。透視点のメインエピソードと、咲葵らしき女性の視点で描かれる「間奏」では、どうも事実が食い違っているように感じられる。なぜこうした齟齬が生じたのか、この謎こそ本作の最大の見どころ。「もしも、この世界にタイムリミットがあるって言ったら、どうする?」──咲葵の言葉は何を意味しているのか。足元を揺るがすような驚きの真実を知った時、この物語をもう一度はじめから読み返したくなるはずだ。

 デビュー作『満月の夜に君を見つける』では、モノクロの絵しか描けない少年と色の見えない元天才画家少女のファンタジックなラブストーリーを描き、7万部を超えるヒットとなった第2作『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』では余命短い少女との心震える純愛をつづった冬野夜空さん。3作目にあたるこの作品では、夏の匂いに包まれたSFテイストのボーイ・ミーツ・ガール小説に挑戦し、新たな境地を切り拓いている。

 ファンタジー、難病×純愛、SFと作風は違えど、共通するのは透明感あふれる瑞々しい恋愛模様と、読後に残る切なさ。特に本作は、「もしもあの時こうしていたら」という苦い後悔を抱える人こそ、切なさが胸に広がる作品だ。ぜひ、夏が終わる前にこの儚くも美しい世界を体験してほしい。

文=野本由起