こんな大人になるはずじゃなかったのに… アラフォー男女がままならない人生に生きる意味を見つけるまで

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/22

昨日壊れはじめた世界で
『昨日壊れはじめた世界で』(香月夕花/新潮社)

 幼い頃の私からみれば、今の私は「こんなはずではなかった」未来を生きているのかもしれない。過去の自分は、きっと今の私にガッカリする。一体どこで道を間違えたのか。どうにかしてこれからの未来を軌道修正できないものか。自分自身を顧みた時、「こんな大人にはなるはずじゃなかったのに…」と思う人は少なくないだろう。

 香月夕花氏著『昨日壊れはじめた世界で』(新潮社)は、思うような大人になれなかったアラフォーの男女が小学生時代を振り返る連作短篇集。この物語の登場人物たちは、皆、それぞれが過酷な現実と向き合い、がむしゃらに暮らすうちに大人になってしまったような人たちだ。そんな彼らが小学校時代のとある出来事を思い出しながら、少しずつこれからの道を模索していく。その姿に胸が締めつけられる思いがするのはきっと私だけではないはずだ。

 主人公は、書店店主・大介。ある日、突然、幼なじみの翔子が彼を訪ねてやってきた。2人で思い出話をするうちに、大介は、30年もの前のこと、小学校時代のとある出来事を思い出す。校外学習で同じ班になった同級生たちと、街で一番高いマンションの最上階に忍び込んだこと。そこで出会った長身で痩せ型の男。その男が震えるような声で言った「世界はもう、昨日から壊れ始めているんだ」という言葉…。

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 普通に考えれば、その奇妙な男が言っていることはおかしい。だけれども、そうも否定できない自分に、大介も翔子も気がつくのだ。確かにいつからかこの世界は壊れ始めてしまったような気がする。自分は一体何をしたのか、何をしたせいでこうなったのかもわからない。何でも良いから答えが聞きたい。あの奇妙な男にもう一度会ってみたい。大介は、翔子とともに、その奇妙な男の行方を探し始める。

 大介は、妻とうまくいっていない。妻と子どもが出て行ってしまい、どうして良いのか途方に暮れている。父親から継いだ書店の経営はうまくいっておらず、近くのスーパーが敷地を広げるため、じきに店を閉店して、土地を譲り渡さねばならない。翔子は、大学を出てから20年近く派遣のまま働き続け、契約を切られた今は無職状態。一緒にマンションに忍び込んだ他の仲間も思うような大人にはなれてはいない。いつから私たちの世界は壊れ始めてしまったのだろう。私たちはどこで間違えたのか。彼らはどうしても奇妙な男のことを思い出さずにはいられないのだ。

 人生はどうやってもままならない。登場人物たちをこれから待ち受ける現実も、決して明るいものではないだろう。この物語では、彼らに明確な救いが与えられるわけでもない。だが、思うようにいかなくても、進み続ければ道が開けていく。進み続けようとする彼らの姿に、かすかな希望を感じる。

「そう、この世に生きることが、たとえ泥水の中を泳ぐようなことだとしても、その泥水を味わう権利が、自分には確かにあるのだ。泥に溺れる苦しみにも、そこから顔を出して仰ぐ束の間の光にも、全てに同じだけの価値がある」

 この作品は、いつの間にか大人になってしまった人たちに薦めたい。ひび割れた世界の中で、どうにかあがこうとしているすべての人におくりたい。「こんなはずではなかった」というほろ苦い思いを抱えている人には、この作品が痛いほど心に響くに違いない。

文=アサトーミナミ