ヨシタケシンスケ作品どれが好き?「ユーモア・哲学・自分・世界」を軸に29作品をマッピング!

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/27

ヨシタケシンスケ

 2019年、『つまんない つまんない』でニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞を受賞したヨシタケシンスケさん。ふだん、あたりまえに信じこんでいることを「ほんとうに?」「どうして?」と素朴に問いかけ、「こうしたっていいんじゃない?」「こういう人もいるんじゃない?」と想像力を羽ばたかせることで、自分と世界の可能性を広げていく。そのまなざしに心打たれ、はっとさせられることに、国籍や性別、年齢など関係ないのだろう。

あつかったら ぬげばいい
『あつかったら ぬげばいい』(白泉社)

 8月25日に刊行される最新絵本あつかったら ぬげばいい』(白泉社)も、思い込みに縛られている私たちを解き放ってくれる一冊。これを記念して、ダ・ヴィンチニュースでは、今こそ読みたいヨシタケシンスケ作品を大特集!

 日常の面映ゆさをユーモアに描き、くすりと笑わせてくれる一方、素朴な疑問から想像力を膨らませ、ときに哲学的な思考にまで発展することもある。どうしてこんな気持ちになるんだろう? こんなことしちゃうの、自分だけかな? という内側に向けられたまなざしを起点に、あの人はどうだろう、もしかしたらこんな世界もあるんじゃないか、と他者と世界に向けて視野が広がっていく。そこで「ユーモア」「哲学」「自分」「世界」を軸に、全作品マッピングを作成。絵本からエッセイまで幅広く作品を生み出し続けるヨシタケさんの作品から、気になる一冊を見つけ出してほしい。

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デビュー作『りんごかもしれない』から始まる考える絵本シリーズ

りんごかもしれない

 イラストレーターとして活動していたヨシタケさんの初絵本『りんごかもしれない』。リビングのテーブルに置いてあったりんごを見つけた少年が、「……でも……もしかしたら これはりんごじゃないのかもしれない」と疑うところから始まる絵本。「もしかしたらサクランボの大きな一部かも」「見えていないだけで反対側はミカンかも」「ひょっとしたら赤い魚がまるまっているのかも」と、どんどん想像力をはばたかせ、「なぜここにあるんだろう」「このあとリンゴはどこに行くんだろう」と壮大な空想を展開させていく、世界を広げる哲学絵本だ。デビュー作ですでに物事の本質を見つめようとしていたヨシタケさん。

 つづく『ぼくのニセモノをつくるには』は、自分とはいったいナニで構成されているナニなのだろう? と考えていくお話。おじいちゃんと死後の世界をわくわく考える『このあと どうしちゃおう』や、人を嫌う気持ちや怒りの奥底を覗きこむ『ころべばいいのに』など、大人になったからといって解消されないナゾを、“自分”と“世界”をいったりきたりしながら解き明かしていくシリーズである。

誰もが日常で抱くあたりまえの感情を、肯定しながら、見つめていく

つまんない つまんない
『つまんない つまんない』(白泉社)

『ころべばいいのに』がすばらしいのは、ネガティブな感情を決して否定しないということだ。『つまんない つまんない』はタイトルからわかるとおり、とにかく退屈しきっている男の子が主人公。つまんない、というのは、本来ならばどうにかして払しょくしたい感情だ。けれど男の子はまず「どうしてつまんないんだろう」と考える。ずっと同じことをしているから? 自分と関係ないことをしなきゃいけないから? 思い通りにならないから? だったら、それを解消できるようなことをすればいいのかな。うーん、でもやっぱりつまんないな……。というように、明確な答えが出るわけではないけれど、考えて、可能性と選択肢を増やしていくことで、少しずつモヤモヤした感情から抜け出していく過程がおもしろい。

それしか ないわけ ないでしょう
『それしか ないわけ ないでしょう』(白泉社)

 それに、答えがないから、いいのである。『それしか ないわけ ないでしょう』は、常識や普通という言葉で決めつけてしまいがちなところを「それしかないわけないでしょう!」とひっくりかえしていく話。あれこれ考えたあげく、けっきょく普通がいちばんね、なんてことにはなるのだけれど、悩みぬいた末に手にしたものは、最初からそれしかないと思い込んでいたときよりも、尊く輝くはずだと教えてくれる。

『りゆうがあります』『ふまんがあります』などのように、考えないほうがシンプルでラクに済むものを、とことん考え抜くことで、面倒かもしれないけれどすっきりするし、楽しい道を見つけられるよね、と示してくれる絵本も、読んでいてうれしいし、たのしい。

とにかく笑えてキュートな子どもたちのおかしみ絵本

おしっこちょっぴりもれたろう
もうぬげない

 なんて、ついつい深読みしてしまうけれど、純粋に笑えて、未知の世界にわくわくできる、というのが絵本の魅力。『おしっこちょっぴりもれたろう』『ねぐせのしくみ』など、タイトルだけでふふっと笑ってしまうものもヨシタケ作品には多い。

『もう ぬげない』は、洋服を脱ごうとしたら頭でつっかえてしまい、このまま一生脱げなかったらどうしよう……どう生きていけば……と少年が思い悩みつつ、そのままで楽しく生きる方法を考えてみるお話。ささいなことが世界を揺るがす一大事だった子ども時代を思い出しつつ「おばかだなあ」と笑ってしまう。

わたしのわごむはわたさない

『わたしのわごむはわたさない』は、何の変哲もない輪ゴムをいつくしむ女の子のお話だ。これもまた「なんでそんなものを後生大事に……」と思うものほど、子どもにとってかけがえのない宝物であったことを思い出させてくれる。「この素敵さを理解できないなんて、お兄ちゃんは子どもね」なんてすましながら「でも私もお兄ちゃんの宝物は私にも理解できないし、馬鹿にしないでおいてあげる」と思う彼女を通じて、誰に理解されなくてもその人にとっては何より大事だということはある、と気づかせてくれる。その気づきを、さりげなく、かわいらしく、心の隙間にちょこんと置いてくれるのがヨシタケさんの絵本の魅力である。

 決して押しつけがましくならない、等身大の目線だからこそ、子どもたちは「自分はどうだろう?」と素直に考えながらおもしろがれるし、大人たちも自然とはっとさせられるのだろう。

大人になったからといって忘れたくない、ささいな気持ちと気づき

思わず考えちゃう

 子どもが読んでもきっとうなずくことは多いだろうけど、思春期の10代や、簡単には弱音を吐けなくなった大人たちに読んでほしいのがエッセイ。日々、発見したことや思いついたことを、持ち歩いている手帳にスケッチし、雑感を残しているというヨシタケさん。その一つひとつに解説を添えたものである。

 たとえば『思わず考えちゃう』で、「明日やるよ。すごくやるよ。」という文字とともに描かれた、布団に入って寝ている絵。よほどストイックな努力家じゃない限り「わかるわかる」とうなずきたくなる一枚だ。道で、小さい子を抱っこしていたお母さんの後ろ姿と、道端にぽとりと落ちた片方の靴の絵。子育てをしていると、靴が片方なくなることはよくあるけれど、その瞬間をまのあたりにした……という感慨と、どこかあったかくて切ない光景がその一枚には凝縮されている。

欲が出ました

 最新作『欲が出ました』では、「欲望には勝てんわな」と書かれた前書きがいい。欲が出たり、イライラしたり、自己中心的な気持ちになったり、そんなのはよくないことだと思ってしまいがちだけど、でもそういうことってあるよね人間だもの! と、ヨシタケさんのエッセイを読んでいると、ほどよく開き直る気持ちになってくる。もちろん誰かを貶めるようなことはしちゃだめだけど、ちゃんとしなきゃと思いすぎるのも考えもの。〈言葉はもともといいかげんなものなのだから、そのいいかげんさを逆に利用して、大事そうなものを「おもしろおかしいもの」として表現する努力が、やっぱり必要なんだと思います〉という一文が沁みる。

 子どもが生まれてから、少しずつ父親になっていくヨシタケさんが、悦びだけでなく、できないことや不思議なことも含めて率直に綴った『ヨチヨチ父 とまどう日々』を読んで、ホッとする人も多いだろう。でも、父のヨチヨチ加減やしょうもなさを正当化するのではなく、母(妻)のなんともいえない顔や、父の試行錯誤する姿を通じて、女性も呆れながらくすりと笑わせられる一冊となっているのが、ヨシタケさんの力量である。

 ちなみに、スケッチだけを集めたものに『しかもフタが無い』『結局できずじまい』『じゃあ君が好き』『デリカシー体操』がある。解説がないぶん、しみじみとおかしみがわいてきて、「そんなもんだよねー」とやはりホッとさせられるのでおすすめだ。

ものは言いよう
『ものは言いよう』(白泉社)

 ヨシタケさんのことがもっと知りたくなったら、インタビューも収録された『ものは言いよう』がおすすめだ。「世の中、たいていの争いごとは、言い方がきっかけで起きている」と、ヨシタケさんは言う。言い方がきつくなってしまったり、抑圧的になってしまったりするのは、物事を一方向からしか見ていないからだ。

なんだろう なんだろう

「なんでわかってくれないの!」「なんでそういうことするの!」と自分や他人を責める方向ではなくて「なんであの人はそう考えるのだろう?」「なんでこういうことが起きるのだろう?」と、想像力を膨らませる方向に「なんで」を使えばきっと世の中はもっとラクに楽しくなっていく。ほとんどの人は自分と“違う”ということを知っておくだけで、人にも優しくなれるだろう。『みえるとか みえないとか』『なんだろう なんだろう』など、さまざまな作品を通じて、ヨシタケさんはずっと、見方や考え方を変える――ではなくて、“ずらす”方法を教えてくれる。

 子どもだけでなく、大人にとっても、救いの道しるべとなってくれるのが、ヨシタケさんの作品なのである。

文=立花もも