局部を切り取る連続殺人、病院や学校で大量虐殺! 歴代の凶悪殺人鬼が“蘇る”ミステリー、名探偵はどう解決する?

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/29

名探偵のはらわた
『名探偵のはらわた』(白井智之/新潮社)

 現実は小説より奇なり。愛する男を殺害し、その局部を持ち去った女。一夜にして30人の村人を猟銃と日本刀で殺した青年など、創作上の殺人鬼顔負けの犯罪者たちは、日本にも数多く実在する。

 もし彼らが現世に蘇り、殺戮を繰り返し始めたらどうなるか。この現実にはあり得ない設定を本格ミステリー小説に落とし込んだのが『名探偵のはらわた』(新潮社)だ。著者は食用のクローン人間が飼育される世界、全身に人面のような瘤ができる奇病に感染した女性が性的サービスを行う風俗店など、ゾッとするような特殊設定を用いたミステリー作品を手掛けてきた白井智之氏である。

 本作では、かの「八つ墓村」のモチーフにもなった大量殺人事件や、自動販売機に農薬を混入させたジュースを置いておくという無差別殺人事件など、昭和の時代に人々を震撼させた凶悪殺人犯たちが“鬼”となって現代に蘇る。殺戮を繰り返し始めた鬼たちを、“名探偵”が成敗する、というのが大筋だ。

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 鬼が蘇り、人を殺すという非現実的な設定のため、本作は一般的なミステリー小説とは一線を画す。しかしその特殊設定を生かした上での「謎解き」は実にロジカルで、キレがあるのは、さすが白井作品と言えるだろう。作品中に張り巡らされた伏線と相まって、パズルのピースがひとつずつはまっていくような快感は、まさに本格ミステリーのそれである。

 局部を切り取られた男の死体が立て続けに発見されたり、病院や学校などで大量殺人が起こったりなど、鬼たちによる凶悪事件は止まらない。白井智之氏の他作品に見られるようなグロテスクさはないものの、作中では、ざっと100人近く殺される。

 巻末に「作中の記述は事実と異なる」と注意書きが添えられている通り、もちろん本作はフィクションであり、実際の殺人事件とは関係ない。しかし「もしかしたら、そんな真相もあったのでは…」と思うほど、鬼たちのバックボーンや行動には矛盾がなく、かの実録殺人犯たちのアナザーストーリーを見ているような新鮮さがあり、惹きこまれる。

 ちょっと意外な“名探偵”にも言及しておきたい。鬼たちに引けを取らぬ強烈な人物で、ネタバレになるので深くは言えないが…クセが強い! シンプルにお縄に掛けるわけにはいかない鬼たちを成敗する姿はアンチヒーロー的な魅力もあって、いつか映像化されないだろうか…と密かに期待している。

 最近はインターネットでいくらでも他者のレビューや感想が読める便利な時代だ。しかし本書を読み出す前に、うっかりネタバレしてしまっては悲劇でしかない。本格ミステリー作家が仕掛ける伏線、ミスリード、ロジカルな謎解きが織りなす<史上最高の名探偵vs.史上最凶殺人鬼たち>を、とくと堪能してほしい。

文=ひがしあや