知識がなくてもアートをもっと気軽に! 作家・山内マリコが名画の前で感じた等身大の気持ちを語りつくす

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/5

山内マリコの美術館は一人で行く派展
山内マリコの美術館は一人で行く派展』(山内マリコ/東京ニュース通信社:発行、講談社:発売)

〈アートとは大概掴みどころのないもので、それを見てなにか感じても、その「なにか」はとてもぼやーっとしています。すぐに言語化できるほどはっきりした感情ではなく、あやふやで頼りない〉〈なにか語ろうとすると、どうしても“正解”っぽい言葉をひねり出そうとしてしまうし、いいことを言いたがってしまう〉と『山内マリコの美術館は一人で行く派展』(東京ニュース通信社:発行、講談社:発売)の序文で山内マリコさんが語っているのを見て、「あ、ぼやっとした感想のまんまでいいんだ」となんだかホッとした。

山内マリコの美術館は一人で行く派展

 美術はもちろん、背景となる歴史の知識もおぼつかない人間には「なんかいいな」「これ好きだな」くらいの感想しか抱けず、「どうしていいと思ったんだろう?」「どこが好きなんだろう?」とひとりで掘り下げてみることはできても、あまりに曖昧で個人的なものだから、口に出して人に語っていいものではないだろう、と思ってしまう。美術にはそんな、素人をちょっと気後れさせる側面がある。

 けれど本書を読んで、美術って気軽に楽しんでいいし、個人的な好みでとらえていいものなんだな、と思うことができた。山内さんの感性を通じて語られるさまざまな画家や作品の人生、の一部分が、あまりにおもしろくて、もっと知りたいし、実物も見てみたいな、自分だったらどう感じるかな、と好奇心を刺激されてしまうのである。

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山内マリコの美術館は一人で行く派展

 本書は、123回にわたる『TV Bros.』の連載をまとめたもので、山内さんがみずから選んで、ひとりで訪れた美術館の展示について語られているのだが、そのひとつひとつが、タイトルからしてそそられる。たとえば国立新美術館のルノワール展では〈ルノワールのスーパー多幸感はかなりの猛毒〉。ポーラ美術館の「ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌」展では〈仲がいいのかと思ったら、全然だった〉。東京ステーションギャラリーの「川端康成コレクション 伝統とモダニズム」展では〈ザッツ辱め! 文豪に襲いかかる恋文晒しという魔の手〉。どれもこれも、画家/作家がどんな人でどんな作品を生み出したのか知らなくても、ひとつの小話として楽しめる。

 なかには山内さんも「はじめて聞く名前だけど行ってみた」というものも少なくなく、なるほどそういうふうに音声ガイドは聞けばいいのか、そういう視点で見るとおもしろいのか、と参考にもなる。残念なのはすべて終わってしまった展示ばかりで、本を片手にたどりたくなってもむずかしいということなのだが、次に来日したときには絶対行こう、という楽しみもできる。

 美術館そのものの紹介もあるので、どんな展示が開催されていても、まずは訪れてみるのもいいだろう。山内さんのように「知らなかったけどおもしろかった」という経験が得られるかもしれないのだから。

山内マリコの美術館は一人で行く派展

 ちなみに連載の終盤で旅立った愛猫を山内さん自身が描いた作品もところどころ挿入されているので、そちらも注目。すみずみまで愛と好奇心にあふれた本書。タイトルどおり、この本がひとつの展覧会のようで、読んでいるだけでわくわくさせられる1冊である。

文=立花もも