令和の時代に「漫画の神様」が蘇る!? AIの可能性を拓く驚きのプロジェクトとは

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/5

ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界
『ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界』(「TEZUKA2020」プロジェクト/講談社)

 コロナ禍の影響でソーシャルディスタンスの対応に苦慮している企業は、外食産業をはじめとして多い。その対応の一環として、現在注目を集めているのが「AI(人工知能)」だ。店員に代わる給仕型のロボットなど、コロナと共にAIの社会普及率は上昇している。もちろん「AIにどこまでのことができるのか」と懐疑的な向きもあろうが、大いなる可能性を秘めた分野であることは確かだ。そんなAIが、もしも「漫画の神様」の漫画に挑戦したら…? 『ぱいどん AIで挑む手塚治虫の世界』(「TEZUKA2020」プロジェクト/講談社)は、AIを活用して現代に「手塚漫画」の最新作を描きあげようという、実に野心的なプロジェクトを追っている。

「漫画の神様」とも呼ばれる手塚治虫先生は、あまり漫画を読まないという人でも名前を知っているであろう、比類なき人物である。1989年に60歳の若さで亡くなったが、存命であればもしかしたら現在も描き続けていたかもしれない。無論、存命ならというのは叶わぬ妄想だが、実は「手塚作品」を現代で描くというのは試みとして行なわれている。どういうことか? それこそが「TEZUKA2020」プロジェクトなのである。

 本プロジェクトは、「東芝メモリ」が「キオクシア」に生まれ変わるにあたり、新会社プロジェクトの第一弾として企画されたもの。「手塚治虫」の新作漫画をAI技術と人の協業で創りだすという、かなり難易度の高い企画である。手塚プロダクションの取締役・手塚眞氏も「最初は不可能だと思った」という。しかしわずかな可能性でもあるならと、このプロジェクトはスタートしたのだった。

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 読者は「AIが漫画を創る」とは、どのようなものを考えるだろうか。例えば漫画家ロボットみたいな存在が、人間同様にペンを走らせる姿を想像するかもしれない。しかし本プロジェクトでは当然ながら、そこまでのことはできない。「人との協業」が前提であり、いわゆる「プロット」と呼ばれるストーリーの大まかな設計図や、主要キャラクターの生成をAIで行ない、それらを基にシナリオやネーム、作画を人間が担当するのである。これをもってAIが制作したと考えるかどうかは賛否の分かれるところだが、プロジェクトとしてはこのような手順で進められることとなった。

 まずはとにかく参考となる手塚作品を人力でデータ化しなければならない。プロットの場合は漫画のストーリーを13の構造に分け、『ブラック・ジャック』や『鉄腕アトム』などから160話をデータ化。さらにジャンルや世界観、手塚先生の作家性に至るまでをデータ化している。そしてキャラクターに関しては、手塚作品に登場する代表的なキャラクターの顔画像を2万点近く入力し、加えて人の顔画像を学習させることで手塚漫画らしいキャラクターの生成に成功した。

 以上のような工程を経て完成したプロットやキャラクターを基に、シナリオや作画をその道のプロが担当する。シナリオはあべ美佳氏、ネームを桐木憲一氏、キャラクター作画につのがい氏、背景作画に池原しげと氏という顔ぶれ。AIに加え、これだけの人力を費やさねば生み出せない手塚漫画のハードルの高さを痛感するが、関係者の努力によって、ついにAIが創りだした手塚漫画『ぱいどん』は完成したのである。

 そのストーリーを簡単に説明すると、舞台は2030年の東京。高度なデジタル社会の中で、ホームレスとしてピエタ像の下で暮らす主人公・ぱいどん。彼のもとへ、美しい姉妹が訪ねてくる。彼女たちはぱいどんに、父親の捜索を依頼。彼女たちの父親は廃棄物も環境汚染もないクリーンエネルギーを開発した研究者であった。しかしそのクリーンエネルギーには重大な問題が存在して──。

 この『ぱいどん』を読んで、どう感じたかはそれぞれに委ねるべきだろう。本作は物語そのものというよりは、「AIを利用して、ここまでのことができた」という部分に価値があるのだ。プロジェクトに関わった人たちも、「創作補助ツール」としてのAI利用には手ごたえを得ているという。今後、より多くのラーニングを重ねることによって、もしかしたら本当に「手塚先生が現代に蘇った!」と思えるような作品が生まれるのかもしれない。

文=木谷誠