『ホテルローヤル』の桜木紫乃が描く、ミステリアスな男と女たちが見せる性愛の世界

マンガ

公開日:2020/9/13

ブルース
『ブルース 上』(もんでんあきこ:著、桜木紫乃:原作/集英社)

 楽しみな映画がある。タイトルは『ホテルローヤル』。原作はラブホテルを舞台にした連作短編集で2013年に直木賞を受賞した。各世代の名優、波瑠さん、松山ケンイチさん、安田顕さんが出演するので話題性もある。来る11月13日に公開が決定した。

 著者である桜木紫乃さんは他にも性愛をテーマにたくさんの小説を生み出している。『ブルース』(文藝春秋)もその一つだ。私がこの小説を知ったのは、この桜木さんの小説を原作とした同タイトルの漫画からだった。凄いのは原作者だけではない。漫画を担当したのは1983年デビューのベテラン漫画家もんでんあきこさんだ。現在不定期連載中の『エロスの種子』(既刊4巻、集英社)が、紙と電子書籍の累計で120万部を突破した。美しい絵柄に重厚感のあるストーリー、性描写はリアルなのにいやらしさとは無縁で性別問わず魅せられる。

 桜木紫乃さん、もんでんあきこさんはどちらも北海道出身で、この豪華なタッグで生み出された漫画『ブルース』の舞台も高度成長期の北海道だ。だからだろうか。今、私は東京のうだるような暑さの中でこの記事を書いているが、『ブルース』を読んでいる最中、物語から凍えるような寒さが伝わってきた。

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 本作の中心人物は六本の指を持っていた男、影山博人(かげやまひろと)。彼の死亡記事をある女が見つけたことから始まるこの物語で、影山は各話の女たちの回想の中に登場する。女たちは影山との性体験によって深い快感を知り、自らの人生を変えた。そしてその思い出を、同じく影山と関係を持った女に語る。各話の主人公はそれぞれ異なる。あるエピソードで聞き手だった女が語り手になることもある。

 影山は指で女たちを快楽の世界へ導いた。しかし一歩外に出ると、彼を待っているのは無遠慮なまなざしと差別だった。

 人生の途中、あることがきっかけで彼は指を一つ失う。

“一本なくなって あんな痛い思いして普通になっちゃうなんてねえ”

“わざわざ都合良くあの指つぶすなんてなぁ”

 それまで好意的に影山に接してきたかのように見えた人たちが放った言葉だ。彼らは自分たちが無意識のうちに影山を差別していることに気づかない。そして彼が差別を受けたのは六本指のせいだけではなかった。

 上巻では、昭和から平成はじめまでに影山と関係を持った四人の女が出てくる。主婦、法律事務所の社員、染物屋の事務員、カフェの店員…時を経て現在の彼女たちの職業が、影山と会っていた当時と異なるのも興味深い。

 彼女たちは、影山と関係を持ったときの高揚を、何十年経っても忘れられない。

“この男はベッドの中のほうが美しいと思った
そして自分の奥にこんな快感があることも知らなかった“

 影山本人は気づかなかったのかも知れない。四人の女の肉体の目覚めは抑圧されていた自我の解放に繋がり、それゆえに彼女たちにとって影山は生涯忘れられない存在になったことを。

 上巻最後のエピソードには、影山の妻が少しだけ登場する。次は彼女が語り手になるのだろうか。下巻の発売が待ち遠しくて仕方ない。

文=若林理央