ただの不倫マンガではない。累計210万部を突破した『金魚妻』はなぜこんなに人気なのか

マンガ

公開日:2020/9/12

金魚妻
『金魚妻7』(黒澤R/集英社)

 私が電子コミックサイトで知り、第1話から愛読し続けている『金魚妻』(黒澤R/集英社)が累計210万部を突破した。それを知ったとき、驚きではなく「やっぱり」と納得し、最新刊である7巻のあとがきで著者が「シリーズ終了時期は未定です!」と書いているのを見て嬉しくなった。これからも部数は伸び続けるだろう。

「金魚妻」シリーズの主人公は不倫する妻たちだ。毎回主人公は変わるが、表題作の「金魚妻」のように続編があるものも多い。

「過激さを重視した不倫ものか」と思った人は、まずその先入観を取っ払って読み始めてほしい。たしかに妻たちは不倫をする。エロティックなシーンもある。しかしそれ以上に、彼女たちの個性と丹念な心理描写、物語の力強さに圧倒されるはずだ。

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 例えばタイトルになっている「金魚妻」のヒロインは、最初は人妻だった。立ち寄った店で売られている金魚を見て、そこに自分を投影する。金魚は繊細で育て方を間違えるとすぐに死ぬ。種類ごとに性質も違う。店長は20代のヒロインよりだいぶ年上でバツイチ、元妻のところに子供もいる。店長とヒロインはごく自然な流れで惹かれ合い、やがて結ばれる。

“店長はね
いつでも夫の下に帰っていいよって言うんだけど
わかるの……
私を帰すつもりはない事が…”

 7巻には「金魚妻7」のほか、4編の短編が収録されている。最初は新しいエピソード「着物妻」だ。ヒロインは着物に強いこだわりのある37歳の女性。好みの着物を買い続けるために裕福な夫と結婚し、夫が不倫しても仕方ないと満足する。ところが中盤、驚くべき事実が明かされ、これはただの着物好き主婦の話ではないと読者は知ることになる。

 また2巻で「これは本当に不倫ものなの?」と読者をぞくっとさせた「園芸妻」が、7巻で「園芸妻2」として再び姿を現す。この物語は現在の「金魚妻」シリーズで唯一のサイコホラーと言えるだろう。2巻の「園芸妻」のラストが圧巻だったので続編が出たことに驚いたが、平和な世界がふとしたことで歪んでいくような経験を再び堪能できた。

 このシリーズの嬉しい特徴は、「園芸妻2」「金魚妻7」などタイトルで前の話の続きだとわかっても、これまでのストーリーを知らない読者を置いてきぼりにしないことだ。つまり、「園芸妻2」の場合はその前段階の「園芸妻」を知らなくても一つの物語として楽しめる。

 7巻に収録されているのは「着物妻」「美容妻2」「園芸妻2」「金魚妻7」である。「美容妻2」で徹底的に美容に力を入れる未亡人は「着物妻」のヒロインと同じ37歳だが、美容にこだわる理由は「着物妻」のヒロインとは少し異なる。

 彼女は妻のいる夫の同僚が気になっていた。彼に「綺麗」と言われると無邪気に喜び、会話しながら心の中でこう思う。

“美しくなるたび
使える言葉が増えていく”

『金魚妻』7巻のヒロイン4人に共通しているのは、自らの生き方を肯定も否定もしていないことだ。即ち私たち読者も彼女たちを善悪で判断できない。「現実世界でも完璧な人間なんて存在しない」という事実を、私たちはこの漫画を読むことで突き付けられる。

文=若林理央