背景を知ると凄く怖い! 映画評論家・町山智浩が紹介する九つの『怖い映画』

エンタメ

公開日:2020/9/12

怖い映画
『怖い映画』(町山智浩/スモール出版)

 恐怖を感じる瞬間は多種多様である。例えば幽霊に会ったときも、ニュースで凄惨な事件があったことを知ったときも私たちは「怖い」と思う。

 2007年、『怖い絵』(中野京子/朝日出版社)が社会現象を巻き起こした。表紙は横目で誰かを見るひとりの女性の絵である。これの何が怖いのか。「背景を知るとわかる恐怖」は、私たちの知的好奇心を刺激した。

 美術における知と恐怖の担い手が中野京子さんなら、映画における恐怖を伝えるのは町山智浩さんだろう。既に日本でも屈指の映画評論家として名高い町山さんは、評論するすべての映画の時代背景、公開当時の評価、監督や出演俳優について調べつくし、映画の面白さを際立たせている。町山さんは『怖い映画』(町山智浩/スモール出版)で「恐怖」に焦点をあて、日本であまり知られていない九つの映画を紹介した。

advertisement

 二つ例を挙げてみたい。

 まず七章目に登場する『血を吸うカメラ』(1960年/イギリス)はタイトルからして恐ろしいが、実は主人公マークの心の闇を描くことで、人間の怖さを表現している映画だ。

“マークは本当にシャイで、おどおどしていて、女性とちゃんと目を合わせて話せません。”

 そんなやさしいマークには、ひとつだけ欠点があった。その欠点によって表面化するマークの狂気は、彼が普通の人だからこそよりおぞましいものとなる。

 監督したのはイギリスの巨匠マイケル・パウエルである。結局、この映画のせいでパウエルの映画人生は終わってしまい、『血を吸うカメラ』は内容と共に“呪われた映画”となる。その理由については、著者がさまざまな事実をもとに解説してくれる。確実なのは「映画がつまらなかったから」パウエルが干されたわけではないということだ。名作映画が埋もれた背景も読者の興味を惹く形で綴られている。

 そして、『血を吸うカメラ』はこれで終わるような映画でもなかった。『タクシードライバー』(1976年/アメリカ)や『沈黙 -サイレンス-』(2016年/アメリカ)など数々の名作映画を生み出した監督マーティン・スコセッシが『血を吸うカメラ』に感銘を受けたのだ。また、パウエルの大学での教え子の一人はスコセッシだったというエピソードもこの章で明かされている。

 続く八章目の『たたり』(1963年/アメリカ)は、原作小説『丘の屋敷』と共に、『エクソシスト』(1973年/アメリカ)や『シャイニング』(1980年/イギリス・アメリカ)など、後のさまざまなホラー映画に影響を与えた名作として紹介される。幽霊が出ると噂の屋敷に四人の登場人物が住み込み調査するホラー映画だ。

 町山さんは『たたり』では影で人物の動きや何が起こっているのかを説明したり、手前と画面奥、どちらにもピントの合った「パンフォーカス」と呼ばれる撮影方法が駆使されたりしていたことを読者に教えてくれる。

 私が最も恐ろしかったのは、終盤で『たたり』の内容と現代人の多くが利用しているSNSの共通点が述べられていることだった。

“反対意見はミュートしてしまえば、自分の考えを肯定する声しか聞かないですむ。すると、客観的に自分を見る視点が失われて、自分の勝手な思い込みや陰謀論がどんどん増幅されていく。”

 著者はそれを永遠に成長しなくていい居心地のいい空間であると述べる。

『たたり』の恐怖は完全なフィクションではないから生じるものだった。他の映画もそうだ。本作に登場する映画には、すべて現代に共通する恐怖が描かれている。本当に怖いのは映画の内容なのか、時代背景なのか、それとも……。

文=若林理央