日高屋はぜいたくの象徴!? 月額2万千円でやりくり「定額制夫」の突き抜けた節約テク

マンガ

公開日:2020/9/9

定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ
『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ』(吉本浩二/講談社)

『モーニング』連載中からネットで話題になっていた『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ』(講談社)の単行本化である。……と聞くと、当然、期待が膨らむが、この作品の場合は内容が少々複雑である。タイトル通り、節約事情を描くマンガなのだが、面白いがゆえにネットで話題になり、多くの人の目に触れた結果、いきすぎた節約ぶりがホラー映画レベル、果ては日本の経済格差をデストピア的に反映しているのではないか、なんて見解まで出てきてしまったのだ。

 未読の方に作品の概要を簡単に解説しよう。主人公は作者である漫画家・吉本浩二(45歳*連載開始当時)。彼は2人の子育て真っ最中で、将来の教育費なども考慮した結果、家計のためにプライベートで自由に使えるお金は「おこづかい」制で金額は月2万1000円。同世代の男性会社員より1万円ちょっと少ない金額で1ヶ月を過ごすには、仕事場が自宅で昼食代がかからないとはいえ楽ではない。そんな吉本氏の節約ライフがリアルに描かれる。

 出色なのは作品に登場してくる吉本氏の上をゆく「こづかい師」(単行本の帯より。ネットでは「こづかい怪人」といった呼称も)たちだ。吉本氏よりさらに少ない7000円をやりくりする妻、ローソンの「Ponta ポイント」にすべてをかける男、使ったこづかいの額の少なさを競う夫婦……。連載では既に明らかになっているが、2巻以降にはさらに上をゆく「怪人」も控えている。マンガゆえの誇張も多少はあるのだろうが、その並々ならぬ節約テクが、そのまま強烈なキャラクター形成につながっている。

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 そして、もう一つ見逃せないのが、節約のテクニックと風景を徹底的に描き込む吉本氏の手法。お菓子が並ぶイオンの陳列棚、100円以下の駄菓子のパッケージ、息抜きで呑む缶コーヒーの銘柄、「ぜいたく」の象徴となる日高屋やスーパー銭湯の施設、メニュー、客。それらをモブとせず細部までイチイチ(ホメ言葉)描き込んでいる様は狂気すら感じる。その狂気は作品のリアリティを形成する一部であり、一種の節約テクニックの情報としても機能して、さらには多くの読者に共感を与えるポイントになっているのだろう。事実、このマンガで描かれる駄菓子や節約メシを見ると、不思議と食べたくなってくる。

 ……と、そんなリアルすぎる作品ゆえに、読み手によっては「ホラー」「デストピア」といった印象も抱かせる結果になってしまったのではないだろうか。確かに作品で描かれる「こづかい生活」は世知辛い。半額54円のシュークリームを買うか買わないか迷わなければいけない45歳の男。そんな社会を生んだ政治への批判、怒りを投影してしまう気持ちもわからなくはない。一人ひとりが、そんな社会を変える意識を持つことも大切だ。だが、一方で目の前には家族を路頭に迷わせず生き抜かなければならない日常もある。その現実をサバイブするために、少ない「こづかい」をどう使い、どう楽しむかは、立派な処世術。それは作中で描かれる、吉本氏から「こづかい師」への「〇〇さんの人生の楽しみとは?」という問いかけの回答でも表現されている。

 思えば節約は一つの趣味、エンターテインメントというのは昔からよく言われる話だ。節約に走る人のすべてが笑えないほど経済的に追い込まれているわけではなく、単純に楽しくて(あるいは楽しくなって)工夫をひねり出している人もいる。ちなみに吉本氏も含め、作品に登場する「こづかい師」たちの世帯収入や貯蓄額は明らかになっていない。彼らは本当はそこまで節約する必要はない可能性だってあるわけだ。まあ、これは屁理屈レベルで少々野暮な話だが。ともあれ問題意識はいったん置いておいて、まずは「こづかい師」たちの突き抜けた節約テクを堪能するのが、このマンガ本来の楽しみ方だろう。

文=田澤誠一郎