人生のハンドルは自分で握る。ハイヒールを履いたお坊さんが教える生き方とは

暮らし

公開日:2020/9/21

正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ
『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(西村公堂/サンマーク出版)

 これからどう生きていけばいいのだろう……。今までの日常は突如失われ、外出もなかなかできず、自分と向き合う時間は望んでもいないのに増え、不安は募るばかり。そんな方は多いのではないだろうか。かくいう私もそうだった。普段忙しいからと見ていなかった自分自身のアラが、どんどん肥大していくような気がする……。『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(西村公堂/サンマーク出版)はそんな毎日がじんわりとしんどい方々に、ぜひ読んでほしい本である。

 著者はLGBTQであり、ヘアメイクアーティストである浄土宗の僧侶。小さいころから性自認は女であり、身体的同性である男性に惹かれていたという。生きづらさから海外の大学に進み、ヘアメイクアーティストとして一歩を踏み出し、その後帰国して修行。僧侶の資格を取るという、華やかでユニークな経歴を持つ。しかし、かつては男を好きな自分は劣っているのだと思い、周りにも(自分にも)嘘をつきつづけ、

「人生の半分以上はモノトーンの谷底暮らし」

だったそうだ。

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 谷底から這い上がれる人なんて一部だけ、どうせ無理。と思う人に対し、著者はこう語りかける。

もちろん難しいけど、自分の考え方次第でその谷底を埋められる。自分の谷底を埋められるのは自分しかいないからって伝えたい。

「『みんな』は自分を助けてくれないでしょう?」自分を取り戻すための第一歩

「自分」はどんな人間なのだろう? あなたはちゃんと言葉で説明できるだろうか。著者は本すべてを通じて、柔らかな語り口で、自分のことは自分で決める、つまり人生のハンドルを自分で握ることが大切だと繰り返す。

 個より和。日本人の美徳のひとつでもあるが、我々は「自分」より「みんな」を優先しがちである。最近、マスクをつける理由の第1位がみんながしているから、という何とも言いがたきニュースを見かけてしまった。マナーやエチケット、譲り合いは大事なことだ。しかし自分の生き方まで「みんな」を基準に決めてしまうのはとても怖いことである。

だって、私の人生がうまくいかなかったとき「みんな」は私を助けてはくれないでしょう? それに、誰かをわからない「みんな」に文句を言ったところで私自身も救われない。

 みんなに従った選択を後悔するときが来ても、みんなには助けてもらえない。私もあなたも、「現時点」は自ら選んできたもの。これからも自分で選んでいくと決心すること。これが、第一歩である。

「我慢」は実は仏教用語! 別に偉いことでもないらしい?

 私はこんなに我慢して頑張っているのに、あの人ばっかり好き勝手して評価されている。ふと、そんな風に思ってしまう。

 仏教において怒りは自分が正しいと思う考えから始まるものだそうである。さらに言えば「我慢」も大本は仏教用語なのだとか! 読んで字の如し、我を慢心すること、自分は偉いとおごり高ぶり、他者を軽んじるという意味を持つ言葉である。

 例えば、相手のために我慢して尽くしているのに応えてもらえなかったというのは、相手に自分が必要だと慢心しているからそう思うのだ。

 偉いなんて思ってない、相手が悪いから我慢してるんだから!と反論したくなったが……そう、「自分こそ正しい」と思うことが既におごり高ぶりなのであった。ちなみに、

罵倒や批判はその人自身が「私は幸せでない!」と叫んでいるようなもの。

 ……だそうである。自省の念が押し寄せ、一旦本を閉じたことを正直に告白しておこう。

 耳の痛いところを敢えて抜き出したが、本全体は優しく、励ましに満ちている。どうすれば自分を好きになって自分の好きな人生を歩めるのか。自らの過去を振り返りながら、丁寧に語ってくれるので、文字なのにお坊さんの説話を聞いている気分になる。

LGBTQ、僧侶、メイクアップアーティスト。全ての側面は組み合わさって「その人」に

 仏教の勉強中、阿弥陀経にある「どんな色でも素晴らしい」という言葉と出会い、「ダイバーシティ」の肯定だと気づく。ヘアメイク・アシスタント時代にボスに言われた「まず一生懸命やること」という教え。著者は自分自身を学び、サブタイトルにもある「私が好きな私」へと成長していく。どれもユニークなエピソードで面白い。LGBTQとして、僧侶として、メイクアップアーティストとして、それぞれの側面は独立しているようでつながっていて、ひっくるめて西村宏堂という「人間」を作っている。

 例えば、母、妻、会社員。我々は人生において、様々な側面を持ち、ときにそのレッテルで苦しむ。「こうあるべき」から離れて自由になったほうが楽しいだろうに、どうしても自分を型にはめ、他の人にもそれを強制しようとする……。私は何度も経験し、友情を失ったこともあった。もうやめようと思う。

 レインボーフラッグのようにカラフルでいろいろな面を持ち、ユニークでチャーミングな、「ハイヒールをはいたお坊さん」。自分を見失いそうなとき、不安でイライラしているときに、この本をパラパラとめくってみてほしい。きっとそっと寄り添ってくれるはずだ。

文=宇野なおみ