10月に日本で初公開! ベネチア国際映画祭史上最大の問題作『異端の鳥』は原作も作者の人生も衝撃的だった

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/17

ペインティッド・バード
『ペインティッド・バード』(イェジー・コシンスキ:著、西成彦:訳/松籟社)

 2019年のベネチア国際映画祭で、3時間のモノクロ映画が上映された。ところが数十分後、異変が起こった。途中退出者が続出したのだ。一方でその映画が終了したとたん、残った観客から10分間ものスタンディングオベーションが巻き起こった。

 映画の邦題は『異端の鳥』、原作は1965年に出版され英語圏では現在もロングセラーになっている。それなのになぜ今まで映画化されず、映画祭でこのような事態を招いたのか。

 理由は、原作を読めば一目瞭然だった。グロテスクな描写の連続、悪意の塊のような多くの登場人物……1982年と2011年に日本語訳されていて、2011年の西成彦翻訳版『ペインティッド・バード』の帯には「戦争はこうやって子どもに襲いかかる」と書いてある。本作の前半だけ読めば、「衝撃的なことばかり書かれているが、これは戦時中であることと関係があるのだろうか」とつい思ってしまう。しかし作者イェジー・コシンスキは後記でこう語る。

advertisement

“大戦中に東ヨーロッパで見られた残忍さ・残酷さを、私は誇張していない。”

 妻の裏切りを知った男の非道な仕打ち、強制収容所に送られる列車から飛び降りたユダヤ人の子供の無惨な死、悲惨な目に遭う女性たち、目を覆うような性的倒錯、虐殺……。疎開した主人公の少年の目を通し、それは事細かに描かれている。彼もまたいたるところで虐げられ残酷になっていく。

「辛すぎてもう読めない」と感じた場合は、先に原作者コシンスキの後記と訳者による解題を読んでほしい。その後本作を読み切ると、残酷なだけの小説ではないことがわかるはずだ。

 コシンスキは、第二次世界大戦前に生まれたユダヤ系ポーランド人である。戦時中、ポーランドはナチスの手に落ち多くの人が強制収容所に送られたが、コシンスキと両親は隠れ家を転々としながら免れ終戦を迎えた。アメリカに亡命した後、1965年に本作を刊行するが、コシンスキを待っていたのはバッシングの嵐だった。また、冷戦が終わるまでコシンスキの祖国ポーランドでは禁書とされていた。

「これは著者の体験ではない」と指摘されたことに対し、コシンスキは「実話として書いていない」と反論した。しかしゴーストライター疑惑や盗作疑惑は過熱しコシンスキは1991年に自殺した。

『ペインティッド・バード』(映画版『異端の鳥』)というタイトルの由来はある男が鳥をつかまえ、ペンキで色を塗った後、空を飛ぶ仲間のもとへ解き放つくだりだ。このエピソードは、物語全体のテーマにもなっている。

 色を塗られた鳥は喜んで仲間と合流しようとするが、他の鳥たちは戸惑い攻撃を始める。

“カラフルな一羽は空に居場所を失い、地上に落下したのだった。”

 この鳥は、コシンスキ本人であったのかも知れない。

 子どもの目線から戦時中の東欧を描いた有名な小説と言えば、他に『悪童日記』(アゴタ・クリストフ著、1986年刊行)がある。この小説は2013年に映画化され、グロテスクな場面は緩和されたり省かれたりした。

 一方、本作の映画版はどうなのだろうか。日本公開は今年(2020年)10月だ。私たちは異質な存在だと見なされたときに味わう恐怖を、身をもって知るだろう。

文=若林理央