ホーキング博士からのラストメッセージ…。50万部突破の宇宙アドベンチャー小説、最終巻!

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/18

宇宙の神秘 時を超える宇宙船
『宇宙の神秘 時を超える宇宙船』(ルーシー・ホーキング:著、さくまゆみこ:翻訳、佐藤勝彦:日本語版監修/岩崎書店)

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患いながらも、宇宙物理学を研究し続けたスティーヴン・ホーキング博士が、娘のルーシー・ホーキングさんとともに著した小説『宇宙への秘密の鍵』。以前、俳優の中川大志さんを取材した際、お薦めの1冊として紹介してくださった(https://ddnavi.com/interview/439610/a/)ので読んでみたら、宇宙冒険モノとしてのおもしろさだけでなく、さしはさまれた科学エッセイにも読み応えがあって、仕事を忘れて夢中になった。

 とはいえ、その後、シリーズ続刊を読む機会をなかなかつくれず、2018年にホーキング博士の訃報を知った際は、ああこれであの小説も完結なのだなあ、と勝手に思っていたのだが、博士は存命中に、もう1冊、書きあげていたのである。その名も『宇宙の神秘 時を超える宇宙船』(ルーシー・ホーキング:著、さくまゆみこ:翻訳、佐藤勝彦:日本語版監修/岩崎書店)。間の巻を読んでいなくても大丈夫、と言われたので手にとってみたのだが…。第1巻の印象を塗り替えるおもしろさだった。

 少年ジョージはある日、ボルツマンという知能ロボットとともに、宇宙船アルテミス号に乗り込む。ちょっと遊んですぐ引き返すつもりだったが、宇宙船に登録された航路は変更できず、旅を経て帰ったときには、地球はどうやら、何十年後かの未来。家族が見当たらないどころか、世界はエデンと呼ばれる〈考えられうる最良の世界〉とそうではない〈あっち側〉に二分されてしまっていた。

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 エデンでは、誰もが思考を共有し、子どもたちは“孵化”によって生まれる。未来の指導者候補として選び抜かれた子どもたちは、完璧に管理された世界で、ダンプという独裁者を讃えながら暮らしている。だが、理想的な世界としてしつらえられているエデンは、虚構にまみれ、子どもたちは従順なる道具として利用されていた。ヒーローという少女の家に身を寄せることになったジョージたちは、その世界を覆す使命を与えられるのだが…。

 最初は、そうはいっても元の世界には戻れるだろうし、家族とも再会できるだろうと思っていた。だが、読み進めているうちに、そんな都合よくは進んでくれないらしいことがわかる。唯一、ジョージたちが過去からやってきたことを見抜いたのは、ヒーローの世話をするロボット・エンピリアンで、すべての真相を知っているらしいのだけど、教えてくれない。そうこうしているうちに、ダンプの魔の手はジョージにも伸びてきて、次から次へと降りかかる危機に「なになに、どうなるの!?」と好奇心をかきたてられ、後半に向けての怒涛の謎解きに「そういうことかー!」と膝をうち、あっというまに読み終えてしまった。

 しかし物語としての躍動感だけでなく、本作にはさまざまなテーマが描かれている。気候変動や、それによる生態系の変化、その混沌に乗じた政治的な改革、不安のあまり美しいものばかり見ようとする人間たちの愚かさ。これらによって、あたりまえに続くと思っていた“今”が、確かだと思っていた家族との幸せが、たやすく壊れてしまうことは、コロナ禍にある私たちがいちばん身に染みていることだろう。

 ジョージの大冒険を楽しみながら、本作に――とくに最後数行にこめられたホーキング博士からのラストメッセージを、しっかりと受け止めたいと思う。

文=立花もも