小説は事実より奇なり。西尾維新最新作『デリバリールーム』は、参加費50万円のデスゲーム!?

文芸・カルチャー

更新日:2020/9/24

本稿には刺激的な内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。

『デリバリールーム』(西尾維新/講談社)

 単語の前に「最後の」という修飾語を付けるとなんでも感動する、という説がある。最後のお寿司。最後のネット通販。最後の恋人。最後のデスゲーム……はそれが初めてじゃない感じがして痛みが増す! さきほどの単語の前に「初めて」を付けると、今度はなんでもときめくことにも気づく。初めてのお寿司。初めてのネット通販。初めての恋人。初めてのデスゲーム……は2回目以降も約束されているっぽくてやっぱりキツい!! ことほど左様に、デスゲーム(=自分の命をチップにした、死をも伴う危険な娯楽。それを描いたフィクション作品)という単語は、感動もときめきもキャンセルする、恐るべき負のパワーがある。

 では、そのパワーを最も強力に、なおかつ最も不条理に噴出させる修飾語はなんだろうか? 『化物語』から始まる〈物語シリーズ〉、『掟上今日子の備忘録』に始まる〈忘却探偵シリーズ〉などを代表作に持つ西尾維新は、ノンシリーズとなる最新長編『デリバリールーム』(講談社)でそのアンサーを提示した。「妊婦の」。つまり――

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 妊婦のデスゲーム。

 主人公=エントリーナンバー1番は、儘宮宮子。中学3年生で妊娠6ヶ月(!)の彼女は、自分宛に届いた一通の招待状に導かれ、父親からぶんどった参加費50万円を払い、妊婦だけが集うデスゲーム――「デリバリールーム」に入室する。優勝者が得られる、主催者が言うところの「幸せで安全な出産」のために。この文言の意味するところは、物語が進展するにつれ徐々に明かされていく。

 すべてのゲームは、妊婦(妊娠)になぞらえられている。例えば、「産道ゲーム」「想像妊娠ゲーム」「ベビーシャワーゲーム」。ゲームのルールも、単に勝つというより「勝ち方」を推理する過程も、ど頭からきっちりヒントが出ている本格ミステリーのフェアプレー精神に貫かれた決着のつけ方も、どこを切ってもオリジナリティに溢れている。言葉遊びの感触や、終盤で炸裂する「天才」というモチーフなど、どこを切っても西尾維新らしい、とも言える。圧巻は西尾維新西尾維新たる、キャラ造形力だ。「キャラの立った」という修飾語を「妊婦」の前に付けると、こんなにもカオスな群像劇が生まれるのだ。

 作中でも断りが入っているように、デスゲームといっても、意味するところは敗退だ。エントリーした妊婦たちにとっては絶対に負けられない、「幸せで安全な出産」の権利を手に入れられなければならない理由がそれぞれにあって……。それが実際いかなるものかという点も、作中で徐々に明かされていく演出がせっかく採用されているのだから、ここでは口を閉じておこう。正真正銘、度肝を抜かれることは間違いない。

 作家は時に無意識のうちに、自身のこれまでの道のりを振り返り、これからの道行きを宣言するような文章を、作品の内側に書き込むことがある。西尾維新にとっては、本作がそうだ。この言葉がどんなシチュエーションで登場するかは伏せるが――「事実は小説より奇なりとは言うけれど、しかし、事実を超えられなくて何が小説なんだ?」。

 小説は事実より奇なり。その証拠が、ここにある。ファンはもちろん、西尾ワールドの「1冊目」としてもオススメしたい。

文=吉田大助