「幸せかどうかなんて、気にしなくてええんです」 キャリア70年の精神科医が教える生き方

暮らし

公開日:2020/10/6

心に折り合いをつけて うまいことやる習慣
『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(中村恒子:著、奥田弘美:聞き書き/すばる舎)

「仕事が好きじゃない」「立派な目標がない」「家事や子育てがうまくいかなくてイライラ」…こういった日々の悩みを抱えて生きている人は多いだろう。そんな人々の心に寄り添い、肩肘張らない生き方を教えてくれるのが昭和4年生まれの大ベテラン精神科医・中村恒子氏だ。

『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(中村恒子:著、奥田弘美:聞き書き/すばる舎)は、精神科医キャリア70年の中村氏が“日々たんたんと生きる方法”を教えてくれる1冊だ。たとえ仕事が好きでなくても、立派な目標がなくてもいい。「幸せかどうかなんて、気にしなくてええんです」と彼女は人々に語りかける。

 日々のあらゆる悩みについて彼女は「現実と自分の気持ちとの間でどう折り合いをつけていくか」ということが肝心だという。世の中には、本人次第で解決できない問題や、どうしても辛抱が必要なものもある。「幸せでなければいけない」という肩の力を抜いて、自分なりに快適に過ごしていくのが「うまいことやる」ということだ。

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 中村氏自身、「仕事が好きかどうかと聞かれたら、正直言って好きじゃありませんわ(笑)」とし、働く上で大きな目標もないという。働く意義を見失った人に対しても、「仕事は自分が食べていくため」と割り切ってよいとアドバイスする。自分がちゃんと食べられるようになってから余裕があれば「生きがい」や「成長」についてボチボチ考えればよい。それが彼女の仕事論である。

 このような肩肘張らない生き方は、家庭や人間関係にも通じる。「他人には他人の人生があり、自分には自分の人生がある」と考えると、無理に他人を変えようとエネルギーを使って疲れてしまうこともない。周りに「こうあってほしい」「こうでないといけない」と期待をしても、そうならないことが往々にしてあり、イライラしてストレスは積もるばかり。「〜してほしい」「〜してくれ」ではなく「人がくれるものだけ、ありがたくもらっておく」というスタンスや距離感が大事だ。大事なのは、今いる場所でどうしたら自分が快適に過ごせるのかである。

 中村氏自身もかつて夫の酒好きに困っていた。夫は無類のおごり好きでもあり、毎晩飲みに出かけてはいろんな人に大盤振る舞いし散財していたという。彼女はそんな夫を変えようとするも、あるときアホらしくなってしまった。それからは夫の収入をあてにせずに自分の力で稼ぎ、どうやったら自分の力で自分が快適にいられるかを考えて生きた。他人の性格や行動を変えるのは至難の業だから、自分の負担を考えてやり過ごす。それがラクに生きるヒントなのだ。

 本書には、中村氏が医師になるため終戦直前にたったひとりで広島から大阪へ向かったエピソードや、悩む暇もなく家庭と仕事に追われて必死に生きてきた軌跡なども綴られている。これまで多くの患者と対話してきた彼女の言葉には重みと真実味がある。本書が提案する力の抜き方は、多くの人にとっての“救い”になるだろう。「日々たんたん」な生き方は、シンプルに見えて奥深いものである。

文=ジョセート