女子受刑者が美容師を務める、刑務所の中の美容室。そこで描かれる、人間模様に感動必至

マンガ

公開日:2020/10/3

塀の中の美容室
『塀の中の美容室』(小日向まるこ:漫画、桜井美奈:原作/小学館)

 今やSNSは掘り出し物の漫画を見つけるためにも使えるツールになった。「SNS経由で、ある漫画の電子版試し読みを読んでいるうちに夢中になり最新話まで読んでしまった」という経験をしたことがある人もいるのではないだろうか。

 漫画版『塀の中の美容室』(小日向まるこ:漫画、桜井美奈:原作/小学館)もそんな作品の一つだ。SNSで好評を博し、Amazonではベストセラー1位を記録し続けた。

 作家・桜井美奈さんによる原作小説は2018年に双葉社から刊行され、読書好きの集まるSNSでは当時から注目を集めていた。女子刑務所を舞台にした連作短編集だが、「囚人が刑務所に入るまで」にスポットをあてた物語ではない。主人公は刑務所内の美容室を訪れる女性たちで、その美容室では一人の受刑者・小松原葉留(こまつばら・はる)が美容師として働いている。

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「刑務所が舞台」という言葉から連想されるセンセーショナルな描写は一切なく、エピソードごとにさまざまな年代の女性たちが主人公になる。美容室の内装は空の中にいるようで、施術を受けながら心のわだかまりをほどいていく。

「受刑者にはさみを持たせて大丈夫?」

 そういった疑問はもちろん浮かぶ。物語の中で美容室を訪れるお客さんたちが不安に感じることもある。

 だが、作中の美容室は刑務所のイメージとは異なる様相を呈していた。穏やかな表情を浮かべながらも職務をまっとうする刑務官がすぐ近くで監視していること、受刑者である美容師・葉留と客との会話が必要最低限しか許されないというルールがあること、そして何より葉留という受刑者に髪を切ってもらううちに、お客さんたちの心から不安は薄らいでいくこと……。

 たとえば序盤、仕事が忙しすぎてなかなか恋人と会えなくなり、別れを切り出されてしまった週刊誌の記者が思わず施術中に涙を流す。謝る記者にハンカチを差し出し、葉留はこう言う。

“大丈夫です、涙なんてあくびやクシャミと同じですから。”

 葉留はどうしてそんな考え方になったのだろうか。

 お客さんが受刑者のことを聞くのは禁止されている。そのため、葉留の過去やどうして受刑者になったのかは終盤まで明かされず、最初はもどかしさも感じるかも知れない。

 しかしだんだんと、この物語で重視なのはそれではなく、傷ついたり苦しんだりしている女性たちが、自らの心に希望の光を灯していくことなのだと気づいた。

 桜井さんは実際に刑務所に取材して構想を得、この小説を作り上げたそうだ。

 小日向まるこさんによって描かれた漫画版は、エピソードや内容を漫画として読みやすいように多少改変しながらも、原作の雰囲気を崩さず、心のあたたまる読後感は原作と同様である。小日向さんのふんわりとしたやさしい絵柄が内容に合っているということもあるが、それ以上に原作の魅力を真っすぐに読者に伝えようとする小日向さんの思いが伝わってくる。

 原作小説を読んでから漫画を読むのが通常の流れかも知れないが、『塀の中の美容室』は漫画を読んでから原作小説を読み始めても良い。

 主人公たちが美容室に来るまでの詳細や、漫画では恐らくページ数の関係から描かれなかったエピソードもある。原作小説と漫画の両方を読むことで、『塀の中の美容室』の余韻はより深くなるだろう。

文=若林理央