合戦を制するのは「夜」の戦い? 謎多き「忍者」の実像を紹介する、真の戦国好き必読の1冊

文芸・カルチャー

更新日:2020/9/30

戦国の忍び
『戦国の忍び』(平山優/KADOKAWA)

 忍者と言えば、超人的な身体能力を持ち、火遁、分身の術など、妖術まがいの技を使って表舞台の合戦を影で支えた存在という印象をお持ちの方も多いのではないだろうか。

『戦国の忍び』(平山優/KADOKAWA)は、そういった漫画やアニメに出て来る空想的な忍者ではなく、史料から読み取れる「リアルな忍び」について迫った1冊である。

 そのため、本書には史料の原文が多く載せられており、分かりやすく解説を加えてくれてはいるが、読み慣れていない方はややアカデミックな印象を受けるかもしれない。

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 しかし、ここまで史学的に忍者について書かれた本を読んだことがなかったので、個人的にはこういう忍び本を読みたくて仕方がなかった…! 摩訶不思議な忍術や人間離れした忍者伝説について語られる書籍も、もちろんおもしろくて好きだが、そういった本はやはり、実在を学問的に証明しようがないという意味で、ファンタジーでしかない。

 だが本書は違う。戦国期を生きた、リアルな忍びのリアルな活躍を、膨大な史料と共に感じることができるのである。今まで空想と史実の狭間でふわふわと存在していた忍者というものが、明確な輪郭を持ち浮き彫りになったような気がして、私は読んでいてとてもワクワクした。

 では、戦国期における「忍び」とはどういった存在だったのだろうか。

 そもそも鎌倉期における「しのび」は人の財宝をこっそり盗む人、つまり窃盗犯のことであった。それが1400年代半ばには「忍び」として武士に雇用、使用される例が見られ、戦乱の拡大と共に一般化したという。

 彼らが任される仕事は、主に敵地の諜報活動、偵察、待ち伏せ戦法、敵城や陣所への潜入、夜討、放火といった、危険な仕事ばかりだった。そのため忍びの任務は誰にでもできることではなく、ある一定の技術や知識、能力がないと務まらないものであった。

 頼りになる忍びの条件として『軍法侍用集』に書かれているのは(1)智ある人、(2)覚え(記憶力)のよき人、(3)口のよき人(弁の立つ人)であり、加えて危険な敵地に赴くことも多く、胆力もなければ務まらなかっただろう。知能も高くコミュニケーション能力に秀で、身体的にも強健。なおかつ勇敢な人…かなりの完璧超人である。

 また、どういった人たちが大名に雇用されていたのかというと、伊賀者や甲賀者といった忍びエリートとも言える人々、武士、戦時に臨時徴集された村人、また山賊、海賊など悪党と呼ばれるアウトローな存在まで、多岐にわたっていたと考えられる。

 そういった彼ら「忍び」は、戦国大名の軍隊においてどのような位置づけをなされていたのだろうか。

 私の印象では、忍びは忍びという肩書で、軍隊編成の「外」にいるようなイメージだったのだが、実際彼らは「足軽」として編成され、常に最前線の戦場や城砦に配備されていたようだ。私たちがよく知っている「下っぱ兵卒」の足軽との違いは、その任務内容が上記したような特殊性があったこと、またその主戦場が「夜」であったことなどが挙げられる。

 本書は、戦国期の合戦が名のある武将が華々しく活躍する「表」と、敵情視察や内通工作などが行われる「裏」、多くの軍勢がぶつかり合う「昼」と、敵地を放火したり、敵兵を待ち伏せして奇襲したりする「夜」に分かれており、その裏(夜)で暗躍していた忍びの存在を知らなければ、真の意味で戦国時代の合戦を理解することにはならないのだと気づかせてくれる「リアルな忍び研究書」である。

文=雨野裾