車いすユーザーの母、知的障害のある弟、急逝した父――SNSで思わずシェアしてしまった、笑いと涙の“あのエッセイ”が刊行

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/1

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(岸田奈美/小学館)

 仕事が大変、育児が大変、介護が大変、家計が大変…。人生とは“大変”の一里塚で構成されているものなのかもしれない。ツイッターに流れてくる誰かの“大変”に触れては、“あー、これ、つらいよなぁ”と共感してみたり、“私の方が全然大変じゃん!”と毒づいたり、落ち込んでみたり。コロナ禍でみんな揃って巣ごもりしていたときは、その“大変”合戦がヒートアップしていたように思う。そんななか、ツイッターのなかを流れてきたブログサービス「note」のエッセイに思わず引きこまれ、シェアしてしまった人も多かったのではないだろうか。

“赤べこ”“ブラジャー”、そしてタイトルともなった“家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった”というワードに、“あ、あのときの!”と、もう1度会いたかった人と偶然、再会したみたいにうれしくなってしまう人も多いのではないだろうか。あのエッセイが、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)として、ついに1冊の本になった。

 車いすユーザーの母、知的障害のある弟、急逝した父――。著者・岸田奈美さんの家族のプロフィールだけを取り出してみれば、世間一般的には、“大変だなぁ”ということになってしまうのだろう。だがそんな目線で読んでいくとしっぺ返しをくらう。笑いと涙と、予測不可能なオチに。そして岸田家の人々のことが大好きになってしまうのだ。会ったこともないのに。

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“●●とわたし”と、並びゆく各章で、最初に出てくるのは「弟とわたし」。4歳下の弟、良太くんはダウン症で知的障害がある。最初のお話はnote投稿直後から話題となり、SNSであっと言う間にシェアされていった“赤べこ”こと「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」である。お金はビタ一文、持たせていなかった良太が好物のコーラを抱えていたことから岸田家に始まる騒動。慌てて、“万引き”の現場となったコンビニへと謝罪に走る母と姉・奈美であったが…。そこから語られるものは、あったことをそのまま話せば、街の人々の温かさと障害者が教えてくれる可能性というような“いい話”になってしまうだろう。だが岸田さんの視点と筆を通ると、“いい話”とは、ちょっと違う着地点へと落ちていく。落語みたいな、あるいはドラえもんのような泣き笑いの普遍性みたいなところへ。

「母とわたし」の章は、「『母に死んでもいいよ』といった日」という話から始まる。母・ひろ実さんは、岸田さんが高校1年生のときに自宅で倒れ、6時間の大手術の後、一命をとりとめ、下半身の感覚をすべて失った。

“「車いす生活になるけど、命が助かってよかったわ」
母は笑っていた。あのときホッとしたわたしを、わたしはなぐってやりたいといまでも思う”

 そこからパスタを食べつつ放った、「死んでもいいよ」に行き着くまで、娘・奈美の頭を巡っていたのは岸田家の辿ってきた日々。その言葉は、ずっと見て来た家族の姿から導き出されてきたものだ。そこにある切実な“愛”が、全編を通し、ここかしこに息づいている。中2のときに突然死した、めちゃくちゃ唐突におもしろいことをいう才能を娘に残してくれた「父とわたし」の物語にも。

「日常とわたし」の初っ端には、その“めちゃくちゃおもしろいことをいう”才能爆発の“ブラジャーの話”こと、「黄泉の国から戦士たちが帰ってきた」が収められている。初のブラジャー試着体験。ただそれだけの話なのに、奈美の言葉は爆走していく。後に残るのは、笑いをかみころしている読者だけ。

“基本的にわたしの発する言葉は情報過多であることにも気付いた”と、岸田さんは記している。きっと頭のなかもそうなのだろう。それゆえ、人間関係でも仕事でもうまくいかないことが少なくはない。「仕事とわたし」「だれかとわたし」――ここにあるのは、岸田さんの物語だ。だが情報過多ゆえに、読む人それぞれのシナプスとも絶妙な具合でつながってくる。

 本のなかには、岸田さんの大きな存在として登場してくるカメラマン・幡野広志さんが撮影した家族写真が挟まっている。表題作となった、母と弟が、奈美の暮らす東京へと来た際のことを綴った1編のときの。

“奈美さんと良太さんみたいな姉弟のあり方って、めずらしいと思うんです。いつからそうなんですか?”“障害のある兄弟や姉妹をもつ人って、我慢したり、憎んだり、不仲になってしまう人も多いように思うから”――そのとき、幡野さんの口から出た問いの答え、悲しくて悲しくて、しょうがないときにしていたこと、なぜ家族のことを“書く”ようになったのか…。なぜだか大きくうなずいてしまうその答えを、岸田さんの繰り出す、まろやかでエッジの効いた文章を堪能しつつ、じっくりゆっくり見つけてほしい。

文=河村道子

◆岸田奈美さんの読書会開催!
みんなで同じ時間、同じ場所、同じ本を読み読書感想文を書いて作家さんや出版社に届ける大人の読書感想文イベント「キナリ読書フェス」を開催予定!

日時:11月22日(日) 10:00〜23日(月・祝)19:00まで
場所:note(note.com

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https://readingfes.kishidanami.com/