「神さま」と呼ばれる小学校5年生、水谷君の推理が冴えまくる

小説・エッセイ

公開日:2020/10/4

僕の神さま
『僕の神さま』(芦沢央/KADOKAWA)

 年末になると「このミス」こと『このミステリーがすごい!』の発売が楽しみになる。「このミス」とは、その年に刊行されたミステリの中で特に秀でたものを投票によって決める本で、『僕の神さま』(KADOKAWA)の著者である芦沢央も「このミス」の常連作家。ゆえに本書も期待して読んだが、リーダビリティーの高い文章と、「あっ」と声を漏らさずにはいられない意想外のトリックが幾つも装填されている。傑作と言って差し支えないだろう。

 小学校5年生の主人公「僕」の一人称で語られる本書だが、実質的な主役は「僕」の友人でクラスメイトである水谷君だ。彼は名探偵よろしくどんな問題も解決してしまうことから、“神さま”と呼ばれており、相談を持ち掛ける人は後を絶たない。その中で最も深刻なのが、本書の核となる「川上さん」という寡黙な女子にまつわるエピソードだ。

「僕」のクラスメイトの女子である谷野さんは美術の時間、川上さんに向かってバケツをぶちまけ、川上さんやその周囲はびしょ濡れになる。直前の授業で川上さんが水泳を見学していたことから、生理による出血をごまかすために谷野さんが意図的にやったのだろうか、という水谷君は疑う。だが、推論はそれで終わらない。出血していたことは事実でも、実はその血はDVによるもので、プールを休んだのもそれを悟られたくなかったからだ、と水谷君は指摘する。

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 ここから川上さんとDVをふるう彼女の父親との対決が始まる。父親がパチンコ屋に入り浸り金を使い果たすことを知って、そのパチンコ屋に出入り禁止になるように腕時計をいじる。腕時計に磁石を貼り付け、変則打ちをしたように見せかけるという作戦だ。そして、川上さんは水谷君の力を借り、以前から不安定だった自宅の外階段に恐るべき細工をして、目の悪い父親を転落させることに成功する。

 水谷君が対処する問題は多岐にわたる。4歳の子供がディズニーランドで行方不明になった。「たすけて」と書かれた呪いの本がまわってきた等々。特に驚嘆したのが、運動会の騎馬戦で水谷君が巧みな戦略を考案し、勝利を収めるくだり。相手の帽子を奪う騎馬と、相手を攪乱する二手に分かれて闘うというもので、当然皆は勝つための妙案だと思った。だが、この作戦はある隠された意図を含むものであり……。

 ネガティブなトーンの短編が続く中にあって、冒頭に置かれた短編に思わず涙腺が緩む。「僕」の祖母が毎年作っていた桜の塩漬けを、祖父は「香りよりも塩気ばかりが主張している」とあまり好きではなかった。だが、これを飲まないと春が来たという実感がない、とも言うのだ。祖母が亡くなってから最初の春、祖父は桜茶を飲むことができずに、苦い想いを抱えていたことだろう。

 そんな折、「僕」は桜茶の入った瓶を割ってしまう。狼狽する「僕」は水谷君に助けを求め、自分たちで桜茶を作ろうと奮起するのだが……。いや、ネタバレはこの辺にしておこう。一般的なミステリとはひと味もふた味も違う掌編で、地味ながら精妙で妙味がある作品だ。

 川上さんへのDVをめぐる深刻なエピソードがある一方、こうした卓越した掌編も書けるのが著者の力量を証明している。芦沢央、やはり貴重かつ稀有にして余人に代えがたい作家である。

文=土佐有明