大切な人の死を受け止めきれない、そんな経験をした人にこそ読んでほしい。ファンタスティックで切ない小説『沖晴くんの涙を殺して』

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/3

沖晴くんの涙を殺して
『沖晴くんの涙を殺して』(額賀 澪/双葉社)

『沖晴くんの涙を殺して』(額賀 澪/双葉社)を読んで、なんだか、赦されたような気がした。大好きな祖父が亡くなったとの報を受けたとき、とっさに出ない涙をむりやりこぼして悲しみを演出してしまったこと。若くして亡くなった知人の忘れられないはずの死を、悲しみ続けながら生きることができなくなっていくこと。そうしたことへの慢性的な罪悪感を、主人公の沖晴くんがいった「俺の人生に貴方の死が溶けていくんです」という言葉が、ほんの少し、和らげてくれた。

 沖晴くんは不思議な男の子だ。いつもにこにこ笑って愛想がよくて、試験では高校始まって以来の全教科満点をとるほど優秀だし、懇願されて部活を6つも掛け持ちするほど運動神経もいい。ソツがなくて完璧な志津川沖晴少年。その秘密を、音楽教師の職を辞し、祖母の住む故郷に4年ぶりに帰ってきた踊場京香は知ることになる。

 海で出会った沖晴くんを、うっかり海に落とすきっかけをつくってしまった京香。ところが縫うのは免れないほど深い腕の傷が、翌日にはすっかり治ってしまっているのを、京香は目撃してしまう。そして彼から聞かされたのは、彼が東北の生まれで、2011年に起きたあの災害で家族をみな亡くしてしまったのだということ。本来ならば死ぬはずだった彼が生きながらえたのは、“死神”と取引をしたからで、以来、喜び以外の4つの感情――嫌悪、怒り、悲しみ、恐怖を失ってしまったということ。そのかわりなぜか、人間離れした治癒力と記憶力、運動神経を手に入れたということ……。

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 最初は、血だらけになっても、友達と一緒にいても、いつも同じ笑みを張り付けている沖晴くんを薄気味悪く胡散くさく思っていた京香だが、感情と“普通”を喪失しなければ生きていけなかったのであろうほどの絶望の一端に触れ、ひとりぼっちの彼とともに過ごすことを決める。がんによって宣告された余命の1年を、だ。

 最初は同情や憐憫のほうが大きかったかもしれないそれは、しだいに深い愛情へと変わっていく。沖晴くんもまた、そんな京香を最初は警戒しながらも、少しずつ心を開いていくのだが、その過程が、とてもいとおしくて、そして切ない。京香の存在が沖晴くんにとって大事になればなるほど、確実に近づいてくる別れの予感が重くのしかかってくるからだ。京香と過ごすうち、なぜか一つずつ感情をとりもどしていく沖晴くんが、9年を経てようやく見つけた家族以外の居場所をふたたび失うことを知ったとき、果たしてどうなってしまうのか。祈るような気持ちで読み進め、ページを繰る手を途中でやめることはできなかった。

 他者の死を納得するため、物語化してしまうこと。そうでもしなければ覚え続けていられないし、悲しみに耐えられなくなってしまうこと。けれど物語化した途端、思い出がわずかに歪んでしまうこと。単純に、自分が死ぬことも大事な人を失うことも、怖くて怖くてたまらないこと。死にまつわるさまざまな葛藤を、こんなふうに優しく、フェアに、ていねいに紡ぎ出す小説を、久しぶりに読んだ。悲しいニュースが続く昨今、切実に、必要とされる作品であると思う。

文=立花もも