姉をバレずに殺したい――。“毒姉”の残酷さに振り回される少女。「家族だから」で許さなきゃダメ?

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/3

『悪い姉』(渡辺優/集英社)
『悪い姉』(渡辺優/集英社)

「毒親」「毒家族」という言葉が世間に浸透し始めてから、「家族とはこうあるべき」みたいな理想像が崩れつつあるように思う。とはいえ、それなりに「家族」が機能している人からすると、実の親や家族が毒にしかならない、という感覚を理解するのは、やはり難しいのではないだろうか。

 家族の毒にもがく少女を描いた小説がある。『悪い姉』(渡辺優/集英社)だ。本作は「毒姉」をもつ少女が、姉の悪意に怯えつつも、姉を殺して平穏な生活を送りたいと思案する日々を描いた作品である。

 主人公の麻友は、高校2年生。生まれの近い年子で同学年の姉、凛と同じ高校に通っている。麻友は同じクラスのヨシくんに恋をしていて、彼のことを想ってはちょっとしたことで浮かれたり、絶望したりする。一方で、毎晩のように、姉を殺す夢を見る。

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 ある日は姉を刺殺する夢、またある日は毒殺、あるいは姉を恨む人と共謀して…云々。そして目覚めて思うのだ。そんなんじゃダメだ、バレずに殺せなきゃ意味がない、と。

 麻友が殺したいと思うほどの姉・凛は美しくて、頭も良くて、運動もできて、おしゃれで、よく笑う。人から愛されるものを、すべてもって生まれてきたような少女だ。

 しかしどうやら、罪悪感だけはもたずに生まれてきてしまった。麻友が胸を押し潰されそうな悪の意識をもつようなことでも、姉は平然とやってのける。心底楽しいというように、人の容姿を笑って、傷つけて、いじめ倒す。

 麻友が恋する相手、ヨシくんに対しても、「今のブサイクだれ?」と容赦ない。

「凛。そういうこと言わないでって、お母さん何度も言ってるでしょ」
「だってほんとにすごいブサイクだったんだもん。なんかキモい系の人。やたらにやにやしてんの。ちょっと思い出すのも無理な感じ。やだやだ」(p.34)

 悪びれもせず人を貶め、自分の思い通りにならないと不機嫌になる。そんな姉の態度について父は見て見ぬふりをし、母は上手に叱れない。麻友は両親のことは好きだが、姉のことを腫れ物に触るように扱う両親に失望もしている。家庭の雰囲気も、姉の機嫌次第で変わってしまう。そして麻友はつくづく姉さえいなければと思うのだ。

オッケーオッケー。しょうがないよ、だって死んでほしいんだもん。
私は酷い人間です。それでいいです。もう諦めました。家族を殺したいなんて考えない善良な人間でいることを諦めた。私は姉に死んでほしい。(p.72)

 親の言葉すら何も響かない「毒姉」の存在だけでもぞっとするが、さらに麻友を苦しめるのが「家族なんだから」という美しくクリーンな、一般論である。「話し合えば、ぜったい理解し合える」そんな言葉が、麻友の心を冷たくする。実の姉を殺したい、姉が死ぬかもと思ってワクワクしてしまう自分を、罪悪感で塗りつぶしてしまう。

 そして何より、むなしくなるのが、姉と麻友自身の関係性だ。どれだけ酷い姉でも、一番近くで、なんとか理解しようとしてきたのが、他でもない麻友なのだ。

 何を言っても響かない姉。姉の残酷さを持て余す両親。「家族なんだから」で片づけようとする人たち。麻友の前に広がる現実は、少女がひとりで背負うには重すぎる。

 正直、これでよかったのか、悪かったのか。本作を読み終えた後、人によって不思議なくらい、麻友の目線から語られる景色は違ったニュアンスを帯びるだろう。「どうせ近いうちに殺すからいいんだ」と心のバランスをとる麻友の姿から、改めて「家族とは」を考えさせられる作品である。

文=ひがしあや