吉田類「酒飲みは酔っ払っても詩的な心を」『吉田類の酒場放浪記』発売記念Zoomトークイベントで語ったこととは?

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/6

 2003年から続くテレビ番組『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)が現在も高い人気を誇り、いまや“日本一有名な酒飲み”と言える存在となった吉田類さん。

“酒場詩人”の肩書で紹介されることが多く、酒に関するエッセイ集も数多く発表してきた類さんだが、「テレビの居酒屋探訪の大ファンだけど、そういえば文章を読んだことはない」という人もいるのではないだろうか。

酒場詩人の美学
『酒場詩人の美学』(吉田類/中央公論新社)

 そんな人にぜひ手にとってほしいのが、類さんの最新刊となる『酒場詩人の美学』(中央公論新社)。同書の内容を、9月20日(日)の夜に開催された「『酒場詩人の美学』刊行記念 オンラインZoomトークイベント」の内容と併せてご紹介しよう。

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酒場の収録は2時間ずっと乾杯の連続 その裏にある「洗練された言葉」

 トークイベントの開始は夜の6時からと、飲みはじめるにはいい時間。というわけでイベントは、聞き手を務めた酒場雑誌『古典酒場』編集長・倉嶋紀和子さんと、一般視聴者をまじえた乾杯からスタート。視聴者もチャットで参加が可能ということで、「かんぱ~い!!」のコメントが数多く飛び交った。

 なお類さんと倉嶋さんのカンパイのお酒は、新潟県・八海醸造のクラフトビール「ライディーンビール」。『酒場詩人の美学』にも登場したお酒で、類さんは「お猿さんのラベルが気に入った」と話すそのビールの味わいを、下記のように表現していた。

 猿が描かれたラベル。目元回りの朱色が際立ち、青い目がこちらを見ている。
「その奇抜なハンサムをください」
 注文したのは新潟県南魚沼の八海酒造が手掛けた“ライディーンビール”。仕込み水は魚沼産の“超軟水”だ。醸される清酒の味は淡麗辛口を本領としており、ビール造りにもそれが発揮されている。僕の喉にキーンと涼風が走る。
(『酒場詩人の美学』より)

 テレビではとにかく美味しそう・嬉しそうに酒と肴を楽しみ、店主や常連客と陽気に酒を酌み交わす姿が印象的な類さん。「『酒場放浪記』では2時間くらいの撮影中、ずーっと乾杯しています。実際に放送のなかで映っているのは、そのほんの一部なんですよ」とこの日のトークでも笑っていたが、倉嶋さんが「類さんは言葉が洗練されている」と話していたように、その文章は極めて端正で美しいのだ。

 もう一つ、『酒場詩人の美学』を読んでいて惚れ惚れとした文章を紹介しておこう。札幌の狸小路商店街の酒場『たかさごや』で数の子を食べたときの様子なのだが、若かりし頃はヨーロッパで画家として活動していただけあり、その描写はどこか絵画的。詩的な豊かさにも満ちており、思春期にはランボオの詩を暗唱していた……という逸話も納得のものだ。

放つ色は陽光を浴びて咲いたばかりの菜の花に似る。器の風合い、添えられた葉付きの小枝が、数の子の黄を瑞々しく際立たせる。長皿を厳かに胸元に運び、数の子に箸をつけた。水生植物の新芽のような香りがほんのりと立ち上がる。しいて譬えるなら睡蓮の蕊(しべ)が発する無垢の匂い。そしてコリリ、カリリと数の子を食して口中に解けば旨味が弾けて乱舞する。三半規管の奥に響くは、ミクロの弦楽器を噛み砕くかの音色。
(『酒場詩人の美学』より)

 植物にたとえた描写の美しさにもビックリするが、実は自然散策も趣味の一つの類さん。そうしたテーマのエッセイも『酒場詩人の美学』には多く登場している。

酒場の“密”の良さを味わえない状況にはショックを受けていた

 この日のトークイベントでは視聴者からの質問にも回答。コロナ禍での生活について質問を受けた類さんは、馴染みの店に飲みに行ける状況になった最近も、「大衆酒場には高齢の方も多いので気を使っている」「自分が無症状でも『感染者のつもり』で行動することが大切」と話していた。

 また県をまたいだ移動が可能になってからも、類さんの取材先は山の茶店やレストランのテラス席など、外飲みが可能な場所が増加。この日のトークイベントのような「Zoom飲み会」も頻繁に開催していたという。コロナ禍では、これまでと同じような酒場での過ごし方は難しくなったが、「お酒を楽しむ方法」は他にもたくさんある……というわけだ。

 一方で「酒場をどう応援すべきか」という質問に対しては、「行ける範囲のところに行って応援している」と話しつつ、「そういうお店に行くことで、(自分がお店を救っているわけではなく)自分が救われているんですね」としみじみ。そして「僕らは酒場で“密”の良さを味わっていたんですよね。それがダメという状況はショックではあります」と話していた。

酒飲みはどんなに酔っ払っても詩的な心を失ってほしくない

『酒場詩人の美学』に登場した北海道や会津の旅の話も楽しく語っていた類さん。同書に登場した酒やツマミも代わる代わる飲み食いし、終盤には「みなさん飲んでますかね? 僕は勝手に酔っ払ってます!」とすっかりご機嫌に。

 トークの終盤では、「お酒にまつわる失敗」についての視聴者アンケートも実施。類さんはアンケートに並んだ選択肢を見て「一つ以外は全部やったことがある」と笑いつつ、新橋で酔っ払ったときに財布をなくした逸話を披露。その財布は最寄りの警察署に届けられ、受け取りに行ったときは署員のみなさんに笑われたそうだ。

『酒場詩人の美学』では、あらゆる酒場でお客さんから話しかけられる類さんの様子が描かれていたが、その存在は警察署にまで浸透。やはり類さんは“国民的な酒飲み”なのだ。

 そして最後に、「僕は単純に“酔っ払いのおっちゃん”で構わないんですが、いちおう詩人なので、そういうところの部分もこの本(『酒場詩人の美学』)を読んで理解してくれると嬉しいなと思います」と類さん。コロナ禍で人心が乱れている世の中にも触れつつ、「酒飲みはどんなに酔っ払っても詩的な心を失ってほしくない。飲兵衛はだいたいみんな詩人になるはずです」と話していた。

『酒場詩人の美学』では友人に人生訓を求められ、「遠回りは人生の彩り」「汝悟るなかれ」といった詩人らしい言葉も送っていた類さん。世の中は重苦しい状況が続いているが、そんな時期も酒を愉しみ、前向きに生きるためにはどうしたらいいのかを類さんは教えてくれる。

取材・文=古澤誠一郎