貴志祐介が描く「世にも奇妙な物語」——鬼才の死生観が現れ出た7年ぶりの長篇作!

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/9

我々は、みな孤独である
『我々は、みな孤独である』(貴志祐介/角川春樹事務所)

 あなたは、前世の存在を信じているだろうか。もしかしたら、身近な人を亡くした経験や自分の命が残りわずかだと悟った人は、来世の存在を信じたいと思うと同時に、前世の存在も信じようと思うのかもしれない。死んだらどうなるのかなど、誰にも分からない。本当に輪廻転生があるのかも分からない。もし本当に前世や来世なるものが存在するとしたらどうだろうか。私たちは一体何者で、どんな運命を抱えているのだろうか。

『我々は、みな孤独である』(角川春樹事務所)は、人々の前世の記憶に迫る衝撃作。『悪の教典』や『新世界より』、『黒い家』などの著作で知られる鬼才・貴志祐介の7年ぶりの長篇作品だ。この本を読んだ人はみな戸惑うに違いない。まずこの小説をどのジャンルに分類したら良いのか分からない。探偵が出てくる物語だから、ミステリーなのかと思いきや、暴力的なシーンはまさにハードボイルドであり、はたまた前世の記憶を中心に据えているから、オカルト的でもあるし、SF的ともいえるし、同時に哲学的でもある。この作品を読めば読むほど、読者はめまぐるしい展開に目が回るような気分がすることだろう。気づけば、主人公だけでなく、私たちも、今生きている世界や、過去に生きてきた世界、果てしない時空の中を彷徨うような心持ちがしてくるのだ。

 主人公は、探偵・茶畑徹朗。ある日、彼のもとに栄エンジニアリングの会長・正木栄之助から「前世で自分を殺した犯人を捜してほしい」という不可思議な依頼があった。なんでも正木は、最近、前世の記憶を思い出したのだという。前世で正木は農民だった。その人物は、江戸時代、水争いの末、誰かに殺されたのだと正木はいうのだ。前世など存在しないと考える茶畑と助手の毬子だったが、調査を進めるにつれ、次第に自分たちも前世が鮮明な記憶として蘇るようになる。

advertisement

 一方、探偵事務所の金を持ち逃げしたまま行方不明になっている若手調査員・北川遼太のせいで、茶畑はかつての同級生で、今はヤクザになった丹野美智夫から多額の借金を背負わされることに。正木の依頼をこなして、なんとしても金を用意しなければ命が危ないという事態に追い込まれる茶畑。あらゆる問題が山積する中、茶畑は、前世で正木を殺した犯人を捜そうとするのだが…。

 前世とは何なのか。私たちの意識とはどこにあるのか。考えれば考えるほど、答えは分からない。貴志祐介という作家には一体何が見えているのか。もしかして、この物語でいう「覚醒した」人なのか。貴志なりの死生観が垣間みられるこの作品は、読者を混乱の渦へと巻き込んでいく。しかし、この物語を読み終えた時、あなたは、この作品を読み返さずにはいられなくなるだろう。生と死。生まれ変わり。自意識のゆくえ。人生の孤独…。この物語には、何らかの真実が隠されているような気がしてならないのだ。

 あなたも、この作品を読めば感じる、溺れるような感覚を、ぜひとも体感してみてほしい。「前世を思い出してしまったらどうしよう」「『覚醒』してしまったらどうしよう」と思うと、怖くてたまらなくなる。そして、クライマックスにかけて、タイトルの意味に気づかされる。この作品は、まさに貴志祐介による「世にも奇妙な物語」。あまりにも不可思議なこの物語は、私たちの奥深くに強く影響を及ぼすに違いない。

文=アサトーミナミ