韓国で話題になった『女の答えはピッチにある』―― ロナウドに魅了されサッカーチームに入団した女性が“ピッチ”で差別・偏見と戦う!

小説・エッセイ

公開日:2021/1/23

女の答えはピッチにある 女子サッカーが私に教えてくれたこと
『女の答えはピッチにある 女子サッカーが私に教えてくれたこと』(キム・ホンビ:著、小山内園子:訳/白水社)

「週末ここでサッカーしてたら、ダンナの昼ごはんはどうするんだ?」と聞いてくる男の一団。元韓国代表の女性にも、上から目線で指導をしてくるサッカー下手の男たち。サッカーファンを公言している女性に、「ゴールキーパーだけはボールを手で触っていいんですよ」と大真面目に説明してくる男性……。

 これらは『女の答えはピッチにある 女子サッカーが私に教えてくれたこと』(キム・ホンビ:著、小山内園子:訳/白水社)に登場したエピソードだ。

 同書の著者は、30代からアマチュアサッカーをはじめた韓国人女性。この本はサッカーを題材にしたエッセイだが、「ピッチ内のサッカー」だけを描いた本ではない。

advertisement

「サッカーをする女たちとの時間は、サッカーを介して社会の一つの裂け目をのぞきこむ時間でもあった」というエピローグの言葉通り、本書では社会に潜むさまざまな問題があぶり出される。冒頭の話は、社会に根強く残る男尊女卑や、男性の意識下に潜む女性差別が表出した例といえるだろう。

 サッカーは大人の男性にとって「気軽に楽しめる趣味」の一つだが、女性の場合はそうではない。趣味として始めることにも、それを楽しむことにも、男性にはないさまざまなハードルや困難が付きまとう。だからこそ本書の女性たちが、自分たちの好きなサッカーという運動をすることは、差別や偏見と戦う「運動」にもなっているのだ。

 なお、冒頭に挙げた例のように、男性が上から目線で女性に物を教えたり、説教をしたりする行為は、「マンスプレイニング」(mansplaining)と呼ばれる。近年のフェミニズム運動の隆盛のなかで広まった言葉だが、『女の答えはピッチにある』ではその概念が、流行の起源となったレベッカ・ソルニットの著書『説教したがる男たち』(左右社)の名前も挙げながら説明される。

 サッカーが題材の本でありながらも、本書はそうしたフェミニズムの運動・潮流にも自覚的だ。その点で本書には、ほかのサッカー本とはまったく違う面白さがある。

 なお本書は「社会」や「男性」ばかりに厳しい視線を浴びせる本でもない。「人間関係が怪しくなると、それが試合中のパスに現れる」「チームが2つの派閥に分かれて険悪になる」といった、自分たちのチームの内実も包み隠さず描いている。そして何より著者が厳しく向き合うのは、「サッカーを思うようにプレイできない自分自身」だ。

 ファンとしてサッカーを見ているときは、ファウルをされたフリをして倒れる「シミュレーション」を毛嫌いしていたのに、ヘトヘトに疲れ切った試合では、自分がそれを何度も繰り返してしまう。ミスを連発して惨めな気持ちになったあと、足を痛がるフリをしてパスを受けるのも避けはじめる。バカにしていた「縦ポンサッカー(パスをつながず、とにかく前方にボールを蹴り出す戦術)」に必死に取り組むようになる……。

 著者はそんな自分の現状に絶望したりもするのだが、「フリだろうがシミュレーション行為だろうがイミテーション行為だろうが、ピッチの上ではすべてが本物のサッカーだった」という非常に含蓄深い言葉も残している。

 そうした本書のサッカーの描写は、「著者が女性であること」を抜きにしても抜群に面白い。それは、著者のキム・ホンビ氏が、本気でサッカーが好きで、本気でサッカーと向き合っているからだろう。本書は「ピッチ内のサッカーを描いた本」としても大推薦したい1冊だ。

文=古澤誠一郎