犯罪心理学をきわめた未決死刑囚と一部の感情が欠落した新人刑事。連続猟奇殺人事件の真相を、2人の協力で解き明かせるか――

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/24

異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき
『異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき』(久住四季/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 難事件の捜査協力を拘留中の天才犯罪者に依頼する――と聞くと映画『羊たちの沈黙』のレクター博士を思い出してわくわく(ぞくぞく?)してしまう世代なので、小説『異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき』(久住四季/メディアワークス文庫/KADOKAWA)にも設定だけで飛びついた。

 江東署の新人刑事・氷膳莉花が、最初に遭遇した連続猟奇殺人事件。死後に腹部を切り裂かれ、胃や腎臓、子宮といった臓器が丸ごときれいに取り除かれた3人の女性。あまりに巧妙な手口に手がかりも見つけられず、捜査が難航するなか、指揮官の皆川に莉花が極秘で命じられたのが、未決死刑囚・阿良谷静との接見だった。

 5年前、あまたの猟奇犯罪にかかわってきた罪でとらえられた阿良谷だが、彼自身は殺人者ではない。当時30歳、将来を嘱望される犯罪心理学の准教授だった彼は、“研究データを実地で集めるため”に、犯罪計画をより洗練させるべく助言を与えていたのだ。そんな彼の頭のなかにあるはずの、膨大な未知の犯罪サンプルデータをもってすれば、難事件も解決に導けるはず……。というのが皆川の意図だが、通常は30分許されるはずの接見は、わずか15分。不審に思う莉花に「……それ以上は、あなたが危険なんです」という担当医師の言葉に、まずぞくっとさせられる。相手の心理をいともたやすく操り、みずから目を抉り出させられてしまった刑事もいるという、阿良谷の底知れぬ闇が垣間見えるほどに、莉花がいかに彼と対峙していくのか、その過程に期待がつのる。

 だが莉花のほうも、闇の深さでは負けてはいない。幼いころ、事件に巻き込まれたのをきっかけに警察官を志した彼女には、一部の感情が欠落している。どんなに屈強な男でも初の殺人現場で無残な死体を見れば吐くのがあたりまえなのに、青白い顔のまま一切の表情を変えなかった彼女についたあだ名は「雪女」。阿良谷から得た情報をもとに、命の危険に晒されながらも手柄をあげる彼女だが、主任刑事の仙波はその胆力を認めるどころか、突き放すように言う。「お前は一体何のために刑事をやってんのか」「賭けてもいいが、お前は早晩、警察を辞める」と。

 阿良谷と心理戦をかわして得た情報で、犯人を追うだけでも精一杯なのに、自分が刑事としていかにあるべきかの意義を見つめ直していく莉花。息つくまもなく展開していく物語に、気づけば読み手は“疑う”ことを忘れて、ただただ物語に夢中になっていく。つまり、著者がしかけた叙述やトリックに、まんまと騙されてしまうのである。

 阿良谷が、どこか魅力的に描かれているのも、こにくいところである。危険な状況をおもしろがるような冷徹さをもつ一方、莉花の過去に同調し、みずからの過去を語り、励ますようなそぶりも見せる。だが、阿良谷は未決死刑囚。多くの死にためらいなく手を貸してきた犯罪者なのだ。彼との対峙は、事件の捜査は、莉花にどんな影響を及ぼすのか……。息つくまもない展開に、一気読み必至である。

文=立花もも

『異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき』作品ページ

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