殺人鬼に親を殺させたい…義母から保険金殺人の標的にされる少年と父に虐待される少女の切ない殺人計画の結末は

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/24

愛に殺された僕たちは
『愛に殺された僕たちは』(野宮有/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

「あなたのためを思って」「きみのことが大切だから」――“愛情”という名の余計なお世話を押しつけられて、イライラすることがたまにある。ただ、周囲からの押しつけは、「イライラする」というレベルでは済まないこともあるようだ。たとえば、昨今話題の毒親などは、ひとつの例ではないだろうか。「あなたのためを思って」することが、“愛情”の対象を追い詰めて、ときには命まで奪ってしまう。“愛”といううつくしい響きのラベルを貼って、ごまかしてはいけないものがある。

『愛に殺された僕たちは』(野宮有/メディアワークス文庫/KADOKAWA)に登場するふたりの人物は、まさに“愛”ゆえにその命を絶たれようとしている少年少女だ。

 高校2年生の灰村瑞貴は、小学生のときに母を、3年前に父を亡くした。現在は、父の再婚相手である義母と暮らしている。父は、義母に巧妙な手口で殺された。そして、父の保険金が尽きようとしている今、次は瑞貴が、義母とその恋人に、保険金殺人の標的にされている。瑞貴は、義母と恋人のあいだにしかない“愛”のために殺されるのだ。彼は、帰宅すれば否応なく突きつけられる絶望から目を逸らすように、学校やアルバイト先では普通を装う空虚な日々を送っていた。

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 そんな瑞貴は、ある日、家から逃れてたどり着いた公園で、クラスメイトの逢崎愛世と偶然出会う。クラスの女子たちからいじめを受けても無反応を貫く彼女は、誰にも知られていないはずの瑞貴の虚しさを言い当てた。なぜ愛世には、瑞貴の絶望がわかってしまったのか? それは彼女が、彼女を“愛している”父に、“愛ゆえ”の虐待を受けているからだった。つまり愛世も、瑞貴と同じく、他者の身勝手な“愛”のために殺されかけている少女だったのだ。

 瑞貴は、悲劇的にも理解し合えてしまった愛世の誘いで、とある廃ビルに足を踏み入れる。そこにあったのは、未来のできごとが書かれた絵日記だった。しかもその内容は、身辺で起きている連続殺人の予告めいたもの。どうやらこの絵日記には、〈記入者〉が記入した状況が実現したとき、〈実行犯〉がその状況にある人物を殺すという、ゲームめいたしくみがあるらしい。そのことを知ったふたりは、絵日記に書かれたシチュエーションに殺したい対象を導くことで、愛世をいじめるクラスメイトや、親たちを殺させようと企てるのだが…。

 瑞貴と愛世、ふたりの殺人計画は、“愛”といううつくしい言葉がかならずしも人を救うわけではないように、殺人という罪を科すには、あまりにも切実でやりきれない。計画を進めるうちに、“愛”への憎悪から通じ合った彼らに芽生える感情も、実に皮肉なものだと言える。けれど、わたしたち読者は、“愛”から逃れようともがき、“愛”に衝き動かされるふたりの姿に、“愛”への希望を見出さずにはいられない。

 切ない殺人計画の果てに、ふたりが見出した“真実の愛”とは――息もつかせぬ青春サスペンスの結末とともに、あなたもきっと、その答えのひとつにたどり着く。

文=三田ゆき

『愛に殺された僕たちは』作品ページ