7年ぶり山本文緒の新作は、地元のモールで働く32歳独身女性が主人公。アパレル店員にとって身繕いは鎧兜か!?

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/23

自転しながら公転する
『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)

 前作『なぎさ』から7年ぶりの小説。長かった。そして待った甲斐があった。山本文緒7年ぶりの新刊『自転しながら公転する』(新潮社)は、相変わらずリーダビリティーが高く、450ページ超という長さを感じさせない傑作である。

 舞台は茨城県の牛久。主人公の都はアウトレットモールのアパレルショップで、非正規社員として働く32歳の女性。そんな都は回転寿司屋で働く元ヤンキーの貫一に惹かれ、交際がスタート。だが、旅行先の温泉で予期せぬ出来事に出くわし、それが原因でふたりは会わなくなってしまう――。

 都の前には頭を悩ませる問題が山積している。上司のセクハラ/パワハラ、更年期障害の母親のケア、不安定な仕事に就く貫一と結婚するのか等々。32歳という年齢、契約社員という立場がさらに問題を複雑化している。これが20代前半だったら、結婚についてそこまで切羽つまっていなかっただろう。女友達の助言を受けながらも、都は手探りで正解を模索していく。

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 とまあ色々なレイヤーを持った小説なのだが、筆者は都たちがTPOに最適な服を選び、一喜一憂する描写に興味を持った。メイクと髪型と服選びは、彼女たちの気分をチューニングするような効果があるのだろうか。都はデートや女子会や職場の飲み会など、シチュエーションに合ったコーディネートをしていく。

 実は都は18歳の頃、憧れだった森ガール系のブランドで働いていた。自然素材を使ったそれらの服が好きだったのは、その年齢でしかまとえない小女性が強調されたものであり、さらにはゆったりとしたシルエットが都が実は巨乳であることを隠してくれたからだった。

 都がそのブランドの服を着なくなり、ショップを離職したのは、年齢的にもう「ガール」じゃないという事情もあった。30歳に近づいた頃から少女的な服を着るのが躊躇われ、選ぶ服も年相応のものになってゆく。その頃からコンサバ系のブランドで働くことになったのも、それが遠因だった。

 服の流行について都が貫一に説明するくだりも面白い。洋服は2年くらい前にその後の流行色や素材が世界中で一斉に決められ、そこから外れると「浮く」のだと。貫一は都に「車も一緒でしょ?」と言われてなんとなく納得してしまう。

 そんな都のいるショップのアルバイトだった杏奈は、ブログで店の待遇に罵詈雑言を書きつけ、それがバレるとあっさりとやめてしまう。その杏奈は、洋服はコーヒーや靴下と同じ日用品であり、叩き売ってなんぼだと都にまくしたてる。〈アウトレットで売っている服をうまくコーディネートして、センス良く着こなしている彼女が言うからこそ説得力があった〉と都は杏奈に完全に気圧さてしまう。

 都の友人の絵里は貫一を「回転寿司野郎」と呼ぶが、回転寿司のどこが悪いのか? と言わんばかりの別の友人が「安くて手軽で美味しい、服で言うとユニクロみたいなもの」と回転寿司を擁護する。

 他にも服への言及は多い。ベトナム料理屋で知り合った大富豪のニャン君が50万円で買ったというロシアンセーブルを、目を輝かせて都が触るくだり。都がマッチングアプリで知り合った男性とのデートで、まさかとは思いながら気合を入れて新しい下着を下ろすくだりなども目を惹く。

 都の揺れ動く恋心はもちろん、友人たちの恋愛事情、家族間の助け合い、結婚、出産までを扱った射程の長い小説だが、先述したように、彼女らのメイクや髪型や服装によって、その時のその人の心情が可視化されていくのが興味深い。場所や同行者や向かう場所によって、何を身につけるかをチョイスしていく。身繕いは女性にとって鎧兜のようなものなのだろうか、と思った。

文=土佐有明