29歳中卒友人恋人なし職歴バイトのみ。唯一の生きがいは「ご飯」! 生きる元気をくれる新感覚グルメマンガ

マンガ

公開日:2020/10/25

ご飯は私を裏切らない
『ご飯は私を裏切らない』(heisoku/KADOKAWA)

 自分のダメなところを数えてみると、もはや数え切れないほど次々と列挙することができる。コミュニケーション能力がないのはもちろん、絶望的に体力もなく、つくづく「生きることに向いてない」と頭を抱えるしかないのだが、死ぬのも怖いので、何とかして生きねばならない。私は小説やマンガが好きで、それらを読むことが生きる希望へと繋がっているのだが、そんな小さいようでいて実は大きな「希望」になりうるものは、誰しも持っているのではないだろうか。

 heisoku先生の『ご飯は私を裏切らない』(KADOKAWA)は、29歳、中卒、恋人いない歴イコール年齢、友人なし、頼れる人は誰もなし、バイト以外の職歴もなく、短期バイトを転々として過ごす日々…という女性が、増幅する不安と憂鬱感を「ご飯」を使って止め、1日でも長く生き延びようとする様子が描かれているグルメと労働のマンガだ。

 主人公の女性(名前は明かされない)は、クビリスクへの備えのため、バイトを3つ掛け持ちして、空いている時間には日雇い単発バイトを詰めまくる。不器用ゆえ、業務でミスが多い彼女は、トロくてもあまり怒られないという理由から、過酷なバイトを好む。自転車集積所で撤去自転車返還受付の仕事をして、返還料の支払いを拒否して大暴れする人を警察と共に見届けたり、雨の中、街中でビラ配りに励み、休憩中に軒先でササッと、温めることができなかったパウチのおかゆを食べたりしている。

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 そんな彼女の生き甲斐は、ご飯を食べること。特に、“一粒一粒が生まれなかった命そのもの”である「いくら」への思いは熱く、「食べて命を自分のものにする事がこの人生何も得られなかった事への代償行為にもなっている」と述べるほどである。

 情緒不安定のせいか、いつからか幻覚となって現れる“二頭身の侍”に見守られながら、和風のいくらトーストを、恍惚の表情(とても可愛い)で堪能する姿は、見ているだけで読者の心身にも栄養が注ぎ込まれた気分になるほどだ。また、チョコレートの試食販売のバイトでもらったチョコで、メタル製のコップに自身で作ったチョコレートドリンクを注ぎ、「これは燃料 私はロボット」と言い聞かせて眠りにつくシーンでは、感情を消さなければ、とても明日からは頑張れない心境の彼女に、シンパシーを感じずにはいられなかった。

 本書には彼女のさまざまな心の内がページごとにギッシリと文字で記されている。バイト先での数々の失敗を憂い、あらゆる面で諦念を抱きながらも、不幸を誰のせいにすることもなく、寿命まできちんと足掻いて生きようとしているところは尊敬の念を抱くほど。また、彼女は地球上のいろいろな生き物に造詣が深く、「今すぐ誰もいない場所に行きたい」という気持ちの時は、陸上の哺乳類の中でもっとも遠くへ旅をするらしいトナカイに憧れたり、夕飯のアジを上手に解剖して、だれかをどろどろにして生き延びてきた末に死んだアジを見つめ、「いつか今ある全てが古代になるんだ」と壮大な時の流れに想いを馳せる。「早く時が過ぎ去り古代になりますように!!」と願う彼女の独白は、泣き笑いで見入ってしまった。

 正直、自分が彼女の立場だったら、あらゆる困難を人のせいにして、SNSで毒を吐き続けていたと思う。だが、「百獣の王だって最期は孤立して餓死!!」と自己完結しつつ、新たな学びを得ようと通信制の大学のことを考える彼女は、なんて不可思議で魅力的な人間なのだろうと感じた。

 もっとずっと彼女を見つめていたいと感じた新しいグルメマンガである。

文=さゆ