母の失踪の裏に衝撃の真実が……ドラマ「相棒」の脚本家が現代日本に突きつける予言的エンタメ!

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/30

彼らは世界にはなればなれに立っている
『彼らは世界にはなればなれに立っている』(太田愛/KADOKAWA)

 人気ドラマ「相棒」の脚本家としておなじみの太田愛氏は、思わず引き込まれてしまう、濃厚なミステリー小説を発表してきた。『幻夏』(KADOKAWA)や『天上の葦』(KADOKAWA)などの作品を読んで、心を躍らせた方も多いのではないだろうか。

 新作『彼らは世界にはなればなれに立っている』(KADOKAWA)は、太田氏の新境地ともいえる作品。架空の町を舞台にし、「理想の未来」を築くことの難しさを私たちに問いかけている。

塔の地「始まりの町」を蝕む人間たちの悪意とは……

 舞台は、塔の地・始まりの町。この町で暮らす住人たちは誇り高いがゆえに、他所からきて帰るべき故郷を持たない流民を「羽虫」と蔑み、公然と差別していた。初等科に通う少年トゥーレも、ぞんざいな扱いを受けているひとり。彼は母親が「羽虫」であるため、「羽虫の子」と呼ばれ、級友たちに蔑まれたり、周囲の大人たちから悪意を向けられたりしていた。

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 そんなある日、町に20年ぶりに客船がやってきて、人々は浮足立つ。しかし、このお祭りの夜に起きた“ある出来事”を機に、さまざまな住人たちの人生が変わり、町の未来にも暗雲が立ち込めるようになっていく。

 最初に起きたのが、トゥーレの母親・アレンカの失踪。父親は心配するが、トゥーレは失踪の理由に心当たりがあり、自責の念にとらわれる。

“母さんがあんなことをしたのは、僕が追い込んだせいなのだ。だから昨晩、僕は決めたのだ。せめて最後は母さんの思ったとおりにと。”

 しかし、実はアレンカの失踪の裏には、トゥーレも知らない衝撃の真実がある――。

 本作は視点人物が変わる形で物語が進んでいき、アレンカが失踪した理由が徐々に明らかになっていく。その過程では、個性豊かな住人たちの生い立ちや本音も浮き彫りに。褐色の肌を持つ羽虫のマリや奇跡を信じさせないことを生業にしている魔術師など、魅力的な住人たちが語る、それぞれの人生や信念にはグっとくるものがある。

 そして、ストーリーの進行と共に、町の情勢はどんどん悪化。やがて、塔の地は戦争へ参加することになってしまう。なぜ、そんな未来を掴むことになってしまったのか、そして、町の行く末はどうなってしまうのかを、ぜひ見届けてみてほしい。

 ファンタジー要素がふんだんに盛り込まれた「始まりの町」は、一見、異世界のように見えるだろう。だが、羽虫たちに向けられる悪意の根源を知ると、本作の中に広がる世界がすぐそこにあるものに思えてくる。ここに描かれていることは、私たちの世界にも起こり得ることではないのだろうかと怖くなるのだ。

 この世界の話のようであって、この世界の話ではない。それなのに、自国や自分の町にも通ずる部分が多くある……。そんな気持ちにさせられる本作は、高いエンターテインメント性があるだけでなく、非常に強いメッセ―ジも込められた小説だ。

 もしかしたら、本作は「できれば奪われるよりも奪う側でありたい」と願ってしまう私たち人間の未来を暗示しているのかもしれない。

文=古川諭香