「こんなにぴちぴちした江戸時代初めて」エンタメ小説界の大御所たちが大絶賛する破格のデビュー作

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/30

化け者心中
『化け者心中』(蝉谷めぐ実/KADOKAWA)

「こんなにぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである」と欣喜雀躍する森見登美彦、「作品の命というべきものが吹き込まれている」と感慨多端の冲方丁、「早くもシリーズとして読みたい!」と前途有為を祝ぐ辻村深月。

 エンターテインメント小説界の大御所たちがこぞって称賛する小説が出現した。今年度の野性時代新人賞を受賞した蝉谷めぐ実『化け者心中』(KADOKAWA)だ。

 江戸時代後期、文政の世に庶民が夢中になっていた歌舞伎。今でこそ伝統芸能としてちょっとお高いイメージもあるが、当時はまさに大衆娯楽の王様だった。老人だろうが若者だろうが“推し”の役者がいるのは当たり前。最高位の名題ともなれば一挙手一投足が注目を集める大スターであり、流行の発信地となるインフルエンサーでもあった。

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 だが、光溢れる世界ほど影も濃い。そして、影極まる世界には鬼が巣食う。

 かつて空前絶後の人気を誇ったが今は実質引退状態にある女形・田村魚之助が、中村座の座元・中村勘三郎に依頼されたのは「鬼」の捜索だった。

 数日前、『曽根崎心中』を改変した新作『堂島連理柵』に出演する役者6人で台本読みを行った際、車座になっていた輪の真ん中に、腕に抱えられるほどの黒い塊が突然転げ落ちてきたという。勘三郎がそれを人間の頭と見定めた瞬間、場を照らしていた蝋燭が一斉に消え、暗闇にただ何者かが生首を喰らう音だけが響いた。

 ようやく灯りを点して見れば、座敷には確かに惨劇の痕跡が。だが、おかしなことに、居並ぶ役者の数に変わりなく、みな元の姿のまま座っていた。

 これは鬼が誰かを食い殺し、何食わぬ顔で成り代わったに違いない。

 そう考えた勘三郎は、事情に通じている魚之助に真相の解明を求めたのだ。

 引き受けた魚之助は、江戸市中で愛玩鳥を売る店を営む藤九郎をバディに選んだ。魚之助は数年前、狂気に陥った贔屓筋に足指を切断され、それが元で壊疽を発症して足を失っていた。そこで小動物相手の仕事ゆえ目端の利く藤九郎に「足と目」を務めさせることにしたのだ。

 藤九郎は、いくら姿形は人間に化けられても、心根までは偽れまいと見当をつけ、魚之助とともに関係者一人ひとりと面会していく。話をする中でもっとも残忍な心情を見せたものが、鬼。簡単に見分けがつくはずだった。

 だが、芸道に魂を奪われ、演者としての極みに昇ることだけを望む役者たちが垣間見せたのは、地獄よりもっと地獄の心の闇だったのだ……。

 バディものの謎解き小説といえば、片方が切れ者、片方が道化役と相場が決まっているが、本作の2人はそんなステレオタイプには縛られない。舞台に立てなくなっても女形である自分が捨てられず、“高慢な役者”として振る舞いながらも弱さを隠せない魚之助。歪みなく生きてきたがゆえに“まっとうな道”から外れた者たちの心情を理解できない藤九郎。

 友情でも恋でもない、魂の鋭いぶつかり合いの先に見えてくる珠玉の結末からは、人の心の襞を徹底的にえぐり出そうとする著者の心意気が見えてくる。大型新人の呼び声高い著者のデビュー作、しっかりと見届けて欲しい。

文=門賀美央子