若い頃は読んでいたけど…ではもったいない! 妖しい江戸川乱歩ワールドにどっぷり浸かる辞典

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/5

『江戸川乱歩語辞典』(奈落一騎:著、荒俣宏:監修/誠文堂新光社)

 本好きなら、江戸川乱歩の作品を読んだことがないという人はほとんどいないのではないだろうか。幼少期には図書館の片隅に並んだ「少年探偵団」シリーズを見つけて読み、青年期には『人間椅子』『陰獣』などの、いわゆる幻想・怪奇小説におそるおそる手を伸ばす…そんな経験をもつ読書家は多いだろう。もちろん筆者もそのクチで、いまでもポプラ社の「少年探偵団」シリーズの背表紙に印刷されていた黄金仮面のマークがこわくてしかたがないし、はじめて『人間椅子』を読んだときの、「ああ、こういう人には言えないようなうしろ暗い趣味も、ブンガクになるんだ!」とちょっとホッとした気持ちは忘れられない。
 
 ただ同時に、乱歩の作品はそうした若い時代に集中的に読まれるが、ある日突然“卒業”してしまい、大人になったいまでも読みつないでいるという人は少ない――そんな風潮が世間にはあるように思われる。そんななか、「いや、乱歩の作品は大人になって読み返してこその発見がある!」と深く感じさせてくれる1冊が登場した。それが『江戸川乱歩語辞典』(奈落一騎:著、荒俣宏:監修/誠文堂新光社)だ。

 本書は「◯◯語辞典」シリーズの1冊。「辞典」というと、一般的に中立・公平な記述を旨とし、著者や編者の個人的な思想信条やセンスなどは入り込まないものだが、このシリーズは違う。「バラエティ豊かなテーマを、その道を極めた執筆陣が持てる知識やうんちくを駆使して楽しく解説」(同社ウェブサイトより)とあるとおり、それまで辞典の対象とはなりづらかったテーマをとことん掘り下げ、マニアックに楽しんでしまおうという試みなのだ。シリーズ既刊のテーマもバラエティ豊かで、コーヒーから焼酎、宝塚歌劇団からプロ野球、仏教から村上春樹まで、まさに縦横無尽のラインナップを誇る。どの「○○語辞典」もイラスト満載で個性豊かだから、「辞典なんてわざわざ読むものじゃないでしょ」と敬遠している人にも強くおすすめしたい。

 さて、『江戸川乱歩語辞典』に話を戻すと、まず目につくのは本書に収められた500以上の項目がとても愉快なこと。「明智小五郎」「少年探偵団」といった、辞典を名乗るうえで収録して当然といえる言葉の解説にまぎれて、乱歩作品のなかから印象的なフレーズを抜き出した項目も多く鏤(ちりば)められている。

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 たとえば「お前には、この世に絶望した人間の気持ちが分かるかね」の項。これは、『地獄の道化師』という作品に登場する、ピエロの扮装をした殺人鬼が、狙いをつけた獲物(若い女性!)に投げかける言葉だ。子どもの頃に読んだときは、ただおそろしいセリフだとしか思わなかったが、酸いも甘いも噛みわけて中年になり、もちろん小説の結末も知っている身からすると、犯罪者の哀しみや人生の不平等さをしみじみ思い知るというように、まったく違った感想を自分がもっていることに気づく。そして、「もう一度、乱歩の小説を読んでみようかな」と思わせてくれるのだ。まさに著者が周到に用意したワナ(?)にまんまとかかってしまった子鹿のような心境である(中年だけど)。

 ほかにも「少し親譲りの財産があるのでね」、「蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、(以下略)…」などなど印象的なフレーズで乱歩の世界を再確認できる項目が多くあるので、ぜひ本書を手に取り、そして乱歩の小説を読み返してみてほしい。本書には、時代小説の装画などを数多く手がけるイラストレーター・永井秀樹氏による、乱歩世界の人物や情景などを自身の解釈で再現したイラストも多数掲載されており、パラパラとめくるだけでも乱歩の世界観が一層愛おしくなることうけあいだ。本書を読むことで、いままでの固定観念から解き放たれた新たな乱歩像が目の前に現れるかもしれない。

11月7日(土)にオンライントークイベント開催!
「3人の名探偵対決! シャーロック・ホームズvs.江戸川乱歩vs.金田一耕助」

「◯◯語辞典」シリーズでは、本作『江戸川乱歩語辞典』をはじめ、『シャーロック・ホームズ語辞典』『金田一耕助語辞典』と古典ミステリをテーマにした書籍を続々と刊行。上記3冊の著者・イラストレーター陣の6人が全員参加する、オンライントークイベントが開催されます。古典ミステリの世界観にご興味のある方は、ぜひ以下からお申し込みください!

【イベント概要】
日時:2020年11月7日(土)14時スタート(1時間半程度)
参加費:1200円(税込み)

【詳細・お申し込みはこちらから】
https://www.seibundo-shinkosha.net/event/general/50315/

文=ヒラオタロー