古典部シリーズ第4弾、軽妙な短編集に見えて実はほのかな恋物語

小説・エッセイ

公開日:2012/7/7

遠まわりする雛

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 角川書店
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BOOK☆WALKER
著者名:米澤穂信 価格:651円

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古典部シリーズ4作目が短編集でお目見えだ。これまで『氷菓』は高校1年の1学期、『愚者のエンドロール』は2学期の文化祭前、『クドリャフカの順番』は2学期の文化祭の1日を、それぞれ動いてきた。また、最近、紙で文庫化されたシリーズ第5作『ふたりの距離の概算』は2年生1学期の話だ。本書はその隙間を埋めるように、古典部で起きた出来事が綴られている。

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「やるべきことなら手短に」は、主人公の折木奉太郎が神山高校に入学し、古典部に入部してすぐの物語。千反田えるの好奇心に先んじて奉太郎の方から謎を提唱する珍しいパターン。「大罪を犯す」は、ある教師の勘違いから起きてしまった出来事に対し、その勘違いの原因を推理する。「正体見たり」は夏休み、古典部合宿中の民宿での出来事。

「心あたりのある者は」は校内放送からその裏を推理するという、ハリィ・ケメルマンの名作「9マイルは遠すぎる」の古典部バージョン。「あきましておめでとう」はお正月の初詣で奉太郎とえるが神社の納屋に閉じ込められるという事件が起きる。「手作りチョコレート事件」はもちろんバレンタインの話。そしてラストの「遠まわりする雛」は春休みの物語。

──と、ざっとひとつずつ紹介したものの、実はこれは全作でひとつの物語と考えた方がいい。ここに描かれているのは、個々の謎や謎解きもさることながら(もちろんそれぞれ、にやりとするような謎解きがある)、時間が経つにつれて奉太郎のえるに対する印象がどう変わってきたか、そして印象が固まるにつれて奉太郎自身がそれをどう受け止めるようになったかという、心の変化の物語なのだ。

たとえば「あきましておめでとう」で、2人で納屋で何をしていたのか勘ぐられると「立場上」困るというえるに対し、奉太郎は「風評を気にするのが正当な心配なのか杞憂なのか、俺にはわからない。/ふと、ほんの一瞬だけ、それをさみしいことのように感じた」という記述がある。なぜさみしいと思うのか、読者には自明でにやにやしちゃうだろう。「やるべきことなら手短に」で奉太郎自身がおこなったあることに対し、「手作りチョコレート事件」で自分の行為の意味を自覚するくだりも同様。でも省エネ少年・奉太郎は心情の吐露に関しても省エネなので、なかなかはっきりと言葉にしてくれない。

物語は遠まわりしながら、少しずつ少しずつ、奉太郎の「自覚」に向けて進む。読者が期待していた通りの展開を、読者が期待していた以上の演出で見せてくれる、その快感と安心感、そして驚き。「遠まわりする雛」を読めば、これは実に穏やかで静かで、そして暖かい恋愛小説だとということが腑に落ちる。いいなあ、高校生に戻ってこんな穏やかな恋をしてみたいなあ。


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