「お前にかかった費用を返せ」と言われて――教育虐待を受けた著者が見つけた“毒親の清算法”

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公開日:2020/11/14

『毒親と絶縁する』(古谷経衡/集英社)
『毒親と絶縁する』(古谷経衡/集英社)

 どうして、こんな親のもとに生まれ落ちてしまったのか。考えても仕方がないその問いを、何度自分に投げかけただろう。私を思い通りに動かそうとしてきた、アル中の父親と過干渉の母親。彼らがしてきたのは躾ではなく、心の破壊だ。

 だから、どれだけ時が経っても両親が許せず、愛せもしない。絶縁という法的制度がないこの国でどう親と向き合えばいいのか分からず苦しい。そんな気持ちに押しつぶされそうな時に出会ったのが『毒親と絶縁する』(古谷経衡/集英社)だった。

 著者の古谷氏は、気鋭の若手評論家。時事問題や政治だけでなく、アニメなど多岐にわたった評論活動を行い、注目を集めている。本書に綴られているのは、そんな彼が両親から受けてきた「教育虐待」の実態。自らの半生を通し、「教育」という美名のもとに行われる虐待の惨さを訴えている。

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両親からの「教育虐待」でパニック障害に

 北海道札幌市で生まれ育った古谷氏は学生時代、両親から凄惨な教育虐待を受けてきた。地方公務員の父親は大学進学率がわずか1割強という時代に大学院を出た高学歴者。しかし、自身の学歴に強いコンプレックスを抱いており、息子が自分のようにならないためにと、古谷氏が幼稚園児の頃に将来、入学させたい高校の学区内にマンションを購入。受験競争のアガリと認識されている北海道大学へ行くよう強要した。

 一方、母親は父親ほど強い学歴コンプレックスは抱いていなかったが、40歳の頃、潰瘍性大腸炎を患ったことにより精神を病み、宗教に傾倒。信仰心が強いのに病気が快方に向かわないのは息子が勉強に集中していない(=不徳な行いをしている)からだと考え、父親と結託して教育虐待を行うようになった。

 古谷氏が受けてきた教育虐待は、「辛い」という言葉で片づけられるものではない。例えば、中学生の頃、進学してほしい高校への内申点が足りないことが分かると、父親は深夜まで「ゴミ」や「クズ」と暴言を吐き、かかった費用を返せと迫ったそう。対して母親はベッドに古谷氏を押さえつけ、左耳を強く殴打。この傷は放置され、古谷氏は後遺障害を負った。

 その後、中堅の進学校に進むと虐待は一時的に減ったが、定期テストの結果が悪かったことを知られると、以前にも増して激しく加虐されるように。中でも、思春期の古谷氏を深く傷つけたのが、部屋のゴミ箱から自慰に使ったティッシュを選別し、勉強机に並べては父親の前で罵倒するという母親の行動。両親は他にも、弁当箱の中にゴミを入れる、部屋のドアを撤去するなど常軌を逸した方法で息子を自分たちが望むレールに乗せようとしたという。

 こうした環境下で心がすり減った古谷氏は、高校1年生の冬、パニック障害を発症。授業を受けることすら困難になってしまい、両親に病状を打ち明けるも、精神科への通院は許してもらえず、依然として北海道大学への進学を押し付けられた。

 そこで、古谷氏は独力で徹底抗戦し、立命館大学へ入学。親元を離れ、自らの目でさまざまな世界を見た後、文筆家として活躍し始めた。ところが、ある日、治癒したと思っていたパニック障害が再発し、34歳で障害者手帳を受けることに…。これを機に障害者にならざるを得ない環境を作り出した両親との関係を清算しようと決意した。

 親と子の両方に向けられた本書には、当事者にしか語れない叫びが詰め込まれている。特に、絶縁宣言に至るまでの経緯は個人的に涙なくして読めなかった。古谷氏が感じた、虐待に対する加害者と被害者の認識の違いは、筆者自身も痛感してきたからこそ、親子関係に自分なりのピリオドを打った彼の強さに胸が熱くなり、自分も「らしい清算法」を見つけ、自由に生きてもいいんだと勇気を貰えもした。

 自分の人生とは、そして子どもの人生とは何なのか。本書を手に取った方は、そんな問いを自らに投げかけてみてほしい。子どもは親の分身ではないし、何を苦労だと思うかや、学歴へのこだわりも、人によってさまざまだ。だから、「あなたのため」や「教育」という言葉を盾にして未来を支配するのではなく、我が子が自分とは違う価値観を持ち、異なる未来図を描いている可能性があることに気づいてほしい。

 喜びや幸せは、人の数だけ存在する。何が苦労で幸福なのかは、その子自身が自らの目で社会を見ながらゆっくりと見つけていけばいいこと。その姿を信頼しながら見守り、必要であれば手を差し出すのが親にできる真の教育ではないのだろうか。

 なお、古谷氏は最終章にて被害にあっている子どもたちに向け、教育虐待への抵抗法も綴っている。ここに記されている魂のメッセージは同じような境遇で苦しんでいる読者を救うだろう。

 沈黙せざるを得ない被害者たちの代弁者として筆を執った古谷氏。彼の言葉は教育虐待だけでなく、親を苦しいと感じている子どもや元子どもたちに一歩踏み出す力を授けてくれるはずだ。

文=古川諭香