「人生なんてネタ探し」と歌う女性ミュージシャンの初エッセイ。関取花は、令和の向田邦子か!?

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/23

どすこいな日々
『どすこいな日々』(関取花/晶文社)

 昨年メジャー・デビューした女性ソロ・アーティスト、関取花。繰り返すが関取花、なんとキャッチーでどすこい感のある名前だろう。どうしても名字が貴乃花や若乃花を連想させる。しかし、彼女は常につっこまれる前にこの名前のおかしみを自己申告してきた。そんな関取のエッセイ集は『どすこいな日々』(晶文社)というタイトル。当然、自分の名前の話から始まる。

 森ガールファッションに傾倒していた頃の話、美容院でファッション誌ではなくグルメ雑誌を差し出された話、ラーメンのすすり方を練習していた話、移動の時に暇すぎてひとりしりとりをした話など、日常の些事を綴った文章が目を惹く。

 彼女の文章は常にざっくばらんで素直、化粧せずにすっぴんで筆をとったような等身大のエッセイが並んでいる。カリスマとして崇拝の対象になるよりも、共感されるミュージシャンでいたい、というのが彼女の本音なのだろう。

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 そんな彼女はかつてテレビ番組『行列のできる法律相談所』で“ひがみソングの女王”に出演したり、爆笑問題のラジオで紹介されたりして、知名度を上げたこともある。深夜に駅でいちゃつくカップルを嫉み、ひがむ「べつに」がテレビ番組の出演者や視聴者におおいにウケたことで、更にその傾向に拍車がかかった。

 実際、ひがみソング的なネタ曲はアルバムやEPに1曲、2曲なのだが、それも自分の音楽を聴いてもらうための入り口になればいい。関取はそう考えているのではないか。

 下ネタすれすれのエピソードを含め、ユーモラスでほっこりする話が多くを占める一方で、学生時代からの友達がこっそりチケットを買ってライブに来てくれたり、サイン会に並んでくれたりといった話も、彼女の明るく健やかな性格を鑑みると腑に落ちる。

 また、ストレスのせいか声が出なくなってしまった時期に、ピンチはチャンスとばかりに、あえてラジオのメイン・パーソナリティの仕事を引き受け、奮闘した話は感涙ものだ。ライブで思ったように歌声が出せない時は、MCの比率を多くして凌いだとも言う。思うように曲が書けない時の産みの苦しみも赤裸々に記し、落ち込んだ時の自分の心境もあけっぴろげに開示する。

 関取花の音楽を知らない人は、本書を読んだことで彼女の音楽に興味を持ってくれるかもしれない。また、既に関取花の音楽を聴いていた人は、彼女の内面や人柄をより深く知ってますます関取の音楽が好きになる。そんなハッピーな循環が生まれることを予感させる本書。ほどよく練られたアレンジ、豊かな曲想、耳馴染みのいい歌声など、彼女の音楽同様の良質な作品である。向田邦子の向こうを張る、と言いたくなるぐらい素敵な本だ。

 関取の音楽を何から聴けばいいか? という問いにはひがみソングの「べつに」ではなく、神戸女子大学のCMソングとなった「むすめ」を挙げたい。親が子に学ぶことの大切さを伝える曲で、CMだからサビだけを聴いて「偉そう」「学べとかお前に言われたくない」と非難する向きもあったが、フルで聴くとがらりと印象が変わる。この曲をきっかけに関取のファンになったという人も多いだろう。

文=土佐有明