木嶋佳苗死刑囚の“婚活殺人事件”をモデルに折原一が放つ最新本格ミステリー! 騙されるずに読めるか?

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/26

傍聴者
『傍聴者』(折原一/文藝春秋)

 実際に起きた事件を下敷きに描かれる、折原一の最新ミステリー「〇〇者」シリーズ。神戸連続児童殺傷事件がモデルの『失踪者』、世田谷一家殺害事件などをモチーフにした『侵入者 自称小説家』などに続いてこのたび刊行された『傍聴者』(文藝春秋)は、首都圏連続不審死事件――木嶋佳苗死刑囚が犯人として逮捕された婚活殺人事件をもとにして描かれている。

 1992年に刊行された第1作『毒殺者』(単行本刊行時は『仮面劇』)が文庫化される際、折原一氏はこう述べている。「私は小説家になった当初から、現実に起きた事件をモチーフに小説を書きたいと思っていた。事件を最後までそのままなぞり、考察を加えていくノンフィクション風のものではなく、その事件をもとにまったく違ったミステリーに発展させたものである」。つまり、今作『傍聴者』が決して事件の“真実”を明らかにするものではないことを先に記しておきたい。現実に重なる部分は数多くあれど、あくまでもミステリー小説である。

 とはいえ、複数の交際相手から金銭をまきあげ殺した罪で起訴され、裁判所に立つ牧村花音は、木嶋佳苗死刑囚を思わせる造形だ。ぽっちゃりで、器量は十人並みだけど、料理上手で、鈴をころがしたような声はかわいらしく、裁判でも性的な話を赤裸々に語り、身体で男を虜にしたという彼女の描写に、家族構成もふくめ、あの事件をすこしでも追ったことのある人なら重ねて読んでしまうだろう。

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 一方で、最初に殺したとされる元夫は70過ぎの老人で、その遺産で高級マンションを手に入れた花音には、後妻業の事件も髣髴とさせられもするのだが。

 そんな彼女を追うのが、小説家志望のフリーライター・池尻淳之介と、裁判を傍聴する“毒っ子倶楽部”の女性4人である。(ちなみに現実にも、霞っ子クラブの女性たちが傍聴していたことは知られている)。物語はおもにその2つの目線で語られるのだが、時系列がややずれている。

 淳之介が追うのは、逮捕される前の花音だ。32年間、浮いた話のひとつもなかった親友にようやく春が訪れ、結婚すると聞かされていた矢先、その自殺を知らされる。しかも遺産相続で億はあったはずの預金口座の残高はすっからかん。不審に思った彼の母親から真相を探るよう頼まれた淳之介は、親友が参加したらしい婚活パーティに足を運び、そこで出会った恋人、汀子を通じて牧村花音に接触を試みるのだ。

 毒っ子倶楽部の主催者・野間佳世と、リリーと名乗る女性は淳之介の知り合いで、淳之介が花音を追い詰めたルポルタージュに裁判記録を足して本にしようともくろんでいる。よって淳之介視点は、彼女たちに“読まれる”形で進んでいくのだが……しだいに、メンバー全員になんらかの秘密と目論見があるらしいことがわかってくる。そして、順調に花音にせまる淳之介も、しだいに花音の魔性にまどわされはじめて……。

 文章の端々からぽろっとこぼれ落ちる、不穏なセリフや描写が重なり合っていくうちに、読み手は自分たちの想定とはまるでちがう場所に真相があるのだということに気づかされる。ただの傍聴人、傍観者だったはずが、いつのまにか巻き込まれ、ときおり挟まれる花音自身の述懐をふくめ、綿密な仕掛けにまんまと踊らされてしまい、想像だにしない結末にたどりつくのである。

 自分だったら絶対あんな女には騙されない。事件当時、多くの男性がそう言うのを耳にした。だがおそらく、自分だけは大丈夫、と思っている人ほど知らぬ間に篭絡されて、真綿で首を絞めるように、じわじわと死に至らしめられてしまうのだろうと、現実とフィクションを行き来しながら思わされる小説である。

文=立花もも