時代が許さなかった女性同士の恋……。心中未遂後の70年を描く『夢の端々』

マンガ

公開日:2020/12/16

夢の端々
『夢の端々』上巻・下巻(須藤佑実/祥伝社)

 年齢を重ねるにつれて時代はとてつもないスピードで移り変わっていくと多くの人が実感する。だが、それぞれの中でベースになっている時代はいつのことなのだろうか。多感な10代の頃のことなのではないだろうか。

『夢の端々』(須藤佑実/祥伝社)は現代から過去に遡る形で進んでいく。主人公の伊藤喜代子(いとう・きよこ)と園田ミツ(そのだ・みつ)は10代の頃に惹かれ合い、心中未遂事件を起こした。当時は同性愛に対して理解のなかった時代である。日本初のレズビアンサークル立ち上げが1971年、レズビアンのミニコミ誌発行が1975年だったという事実からもわかるとおり、同性愛者が、異性愛しか認めない世の中の風潮に異議を呈するようになるまで、彼女たちが事件を起こした時代からさらに20年以上の時を経ている。

“この体はいつもだれかの物なんだわ
お国の物だったり 親の物だったり
やがては夫の物 家の物…
でも本当は この体も心も
自分だけの物のはずだわ

だれかに傷つけられるんじゃなくて
どう傷つくかを自分で決めたい”

 これは二人が女学生だった頃の喜代子の言葉だ。

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 この物語の特徴はその経緯と心中未遂事件までを終盤まで明かさないことにある。序盤の喜代子とミツは85歳。時を現代から過去へと遡らせていく。50代半ば、30代半ば、20代後半、20代前半、そして事件のあった1948年にたどり着く。

 二人抱える葛藤は、現代に通じるものが多い。結婚は一生しないと言っていた二人。しかし喜代子は就職後、予想外の自分の特性を知り結婚を決める。そして思い悩んだあげくミツへの手紙にこう綴るのだ。

“私、仕事ができないんです。

だれにでもできる簡単なことをいまだに失敗してしまうんです”

 ミツは今で言う「バリキャリ」だ。仕事を頑張っているミツになかなか打ち明けられないまま、喜代子は苦しみ「家の中の仕事なら私にもできるはず」と結婚という道を選んだ。しかしそれも結局、幸せには繋がらなかった。

 喜代子はもしかするとADHD(注意欠陥・多動性障害)もしくはADD(注意欠陥障害)の傾向があったのかも知れない。ただ大人の発達障害について認知度が高まったのは2010年代のことだ。

 一方でミツは仕事で自立を果たし、バブル崩壊後は経済的な痛手を負いながらも独身を貫いた。喜代子と二人で生きることができない苦しみを抱えながら。

「現代であれば一緒に生きられたのかも」と読者も喜代子も思うが、85歳のミツは「少しでも遅く生まれてたら私もきよちゃんも別の人になってたわよ」と否定する。

 どうすれば二人は幸せになれたのか。

 現代から70年前へ、私たちは時を遡りながらその答えを探す。胸を衝くのは、いつ生まれたとしても時代の中で生きるしかないという諦めだろうか。生き方を自分で選んでいくことの難しさだろうか。現代という時代への感謝だろうか。

 本を閉じたとき、それぞれの読者が抱く感想は異なるはずだ。

文=若林理央