必ず、大好きだったあの絵本に再会できる! 野口聡一、谷川俊太郎、最果タヒ…71名の著名人による『あのとき、この本』

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/12

あのとき、この本
『あのとき、この本』(「この絵本が好き! 」編集部:編、こうの史代:漫画/平凡社)

 子どもの頃、好きだった絵本を覚えているだろうか? つねに書店に置かれているような有名な絵本は別として、どんなにくりかえし読んだものでもふだんはなかなか思い出せない。けれど71人の著名人たちが特別な一冊について語る『あのとき、この本』(「この絵本が好き! 」編集部:編、こうの史代:漫画/平凡社)を読んで、ぶわっと記憶がよみがえってきた。

 たとえば松谷みよ子さんが紹介するのは自著『いない いない ばあ』。自宅になくとも、幼稚園で、図書室で、病院の待合室で、読んだことのない子どもはいないんじゃないかというくらいの、不朽の名作。絵を担当した瀬川康男氏に〈「あかちゃんの本だから、くまやねこが、いないいないばあ、をしているだけの絵本なの。だから、まわりになんにも描かないでね。そして、動物が横むきでも、かならず目はあかちゃんをみつめてほしいの」とたのんだ〉という制作秘話に、なんというこまやかな愛情と誠実さだろう、と胸をうたれた。

 個人的に「ああ!」となったのは、絵本作家・堀口順子さんが紹介している『みんなうんち』と、マンガ家・吉田戦車さんの『おにたのぼうし』。

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〈給食中に誰かが「うんち」というのをきくだけで食欲のなくなるたち〉だった堀口さんが、なぜか好きだった『みんなうんち』。〈かつて三年間だけ保育士をしていたのだが、あの間、何回これを読んだのだろう〉と回想する子どもたちとの思い出も微笑ましいが、堀口さんが〈唄うようなつもりで読んだ〉というラストの一行に、一見シンプルな言葉に内包されたふくよかさ、みたいなものが感じられて、堀口さんがこの絵本だけは好きになれた理由がわかった気がした。

『おにたのぼうし』は表紙を見るだけで、ぐっと胸がつまって切なくも愛おしいような気持ちになる。細かな内容は忘れているのに、だ。吉田さんは、はっきりとしたあらすじは語らない。けれど〈見えない「もの」もこの世には存在する、と信じることは、人生のつらさを軽減してくれる。心やさしいオバケたちが、人に恐れられ、傷つきながらも人知れず人を守っているというお話は、いつも私を勇気づけてくれる〉という文章だけで、かすかによみがえってくるものがあり、同時に、あらすじを語らず、読んだことのない人にも強く読みたいと思わせるだろう吉田さんの表現力に圧倒された。

 宇宙飛行士の野口聡一さんという、意外に思える人が参加しているのも、本書の魅力。子どもの頃から、絵本に囲まれて育ったという野口さんが紹介するのは一冊にとどまらない。とくに気になったのは『さかさま』という絵本。〈トランプの兵隊が「ぺる ぺる ぺる」と登っていく不思議な階段や建物がいったいどう繋がっているのだろうと、まさに夜眠れなくなるくらい悩んだものでした〉という一文に触れて、読みたくならない人がいるだろうか。ちなみに『さかさま』の著者・安野光雅さんも本書に参加していて、今は亡きアメリカの作家タシャ・テューダーとの思い出について語っている。

 谷川俊太郎、五味太郎、恩田陸、中島京子、森見登美彦、最果タヒ、佐々木マキに坂口恭平……。とにかくそうそうたる著者が名を連ねる本書だが、各エッセイに4コマ漫画を添えているこうの史代さんの存在も忘れてはならない。〈ああ、人というのは出逢うもので出来てゆくのだなあ、と感じました〉とふりかえるこうのさんの言葉どおり、本書で語られるのは絵本の内容ではなく、絵本を通じて彼らが得たもの、感じてきたものの記憶だ。それぞれの内側からうまれ、紡がれる言葉にひとつとして同じものはなく、美しくきらめいている。だからこそいっそう、絵本ってなんていとおしいんだろう、といま一度、触れたくなってしまうのである。

文=立花もも