性別にとらわれない“慧ちゃん”に翻弄される――押見修造が青春の暗部を描く『おかえりアリス』

マンガ

公開日:2020/12/13

おかえりアリス
『おかえりアリス』(押見修造/講談社)

「突然友だちが豹変してしまったら、自分はどうするだろう」――。『おかえりアリス』(講談社)を読み終わったあと、多くの読者は自分にそう問い直すのではないだろうか。同作は『ぼくは麻理のなか』や『惡の華』など、さまざまな思春期の“目覚め”を多く描いている漫画家・押見修造先生の最新作だ。

〈あらすじ〉
 亀川洋平、室田慧、三谷結衣の3人は幼稚園からの幼なじみ。小学校、中学校と同じ学校に進み、洋平はいつしか結衣に好意を抱くようになっていた。そんなある日、洋平が学校に忘れ物を取りに戻ると、結衣が慧に告白している場面に遭遇。洋平は結衣の気持ちを知った気まずさや嫉妬から、慧を無視してしまう。しかし、そうしているうちに慧は北海道に転校してしまい3人はバラバラに。

 中学卒業後、洋平と結衣は東京都立池寺高等学校に進学。中学時代に結衣と会話ができなかった洋平は、結衣との関係を進展させると心に決め、高校生活をスタートした。そんな洋平の前に“室田慧”を名乗る、女子生徒の制服を着たクラスメイトが現れる。

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 あらすじで「“室田慧”を名乗る女子生徒の制服を着たクラスメイト」と表現した理由は、彼が「女になりたいわけじゃない」と発言しているためだ。今の慧は、ただ自分に似合う服を着ているだけだという。そして慧は、自分の変化についてこう話す。

「『男はこうだ』『男なら当たり前』って言われてること 僕にとっては全部違った…まあもっと単純に言えば この方が僕に似合うって思ったから それだけだよ」
「僕は男を降りただけで 女になりたいわけじゃないから」

 中学時代は女子生徒から「かっこいい」と人気を集めていた慧が、ウイッグを装着して女子の制服を着れば間違いなく美少女だ。筆者も『おかえりアリス』第1巻の表紙を見たときに“この美少女がアリスという女の子なんだろう”と、反射的に思ってしまった。だが、それこそが雑な固定観念に過ぎなかったのだ。

 水入らずで再会パーティーを開いても、昔のように打ち解けられない3人。あまりの気まずさに、結衣は「どうしてそんな風になっちゃったの…?」と泣き出してしまう。すると、慧は不敵な笑みで「あんなの僕じゃなかった 今の僕の方が僕は……好き」と言って、結衣にキスをする。

 その様子を見た洋平は急いで慧を引き剥がすが、今度は自分が慧の濃厚なディープキスをお見舞いされてしまう……。あまりにミステリアスな慧の言動に、洋平と結衣はもちろん、読者も翻弄されるはず。

 巻末のあとがきには、作者の押見先生がこれまで感じてきた“男らしさ”への劣等感や、かつて「いっそ女の子になれたら」という願望を抱いていたことも赤裸々に綴られている。作者のあとがきも、同作を読み解くヒントになるかもしれない。

 慧はなぜ「男を降りた」のか、タイトルの「アリス」は何を指すのか。物語ははじまったばかりだが、3人の性の行方から目が離せない。

文=とみたまゆり