弱者に寄り添い事件を追う! 「デフ・ヴォイス」シリーズ随一の人気キャラ “脇役刑事”を描く警察ミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/19

刑事何森 孤高の相貌
『刑事何森 孤高の相貌』(丸山正樹/東京創元社)

 丸山正樹の最新作『刑事何森 孤高の相貌』(東京創元社)は、埼玉県警の中年刑事を主人公にした連作ミステリー。主人公の刑事、何森稔(いずもり・みのる)は“組織不適合者”の烙印を押された警察組織のはみだし者だ。何森が組織不適合者とされたのは、警察組織あげての裏金づくりに協力しなかったから。そのために昇進の道を閉ざされた挙げ句、上司や同僚からも疎まれて、所轄署をたらい回しにされている。しかし、それでも何森は“刑事”という仕事にこだわり続ける。それは悪党を逃さず罰したいという強い思いが根底にあるからだ。

 一話目の「二階の死体」では、娘とふたり暮らしの母親が自宅の2階で何者かによって撲殺されるという事件が発生。娘は重度の脊髄損傷のために車椅子を使用していて、自力で2階に上がることができない。死体を発見したのは、2階に異変を感じた娘が呼び出したケースワーカーだった。上層部はこれを行きずりの強盗殺人事件として捜査を進め、何森は被害者の身内や関係者からの聴き取りを担当することになる。しかし、上層部の見立てと現場の状況に疑問を感じた何森は、担当の役割を超えて独自に動き出す。

 続く二話目「灰色でなく」は、ある被疑者の供述が焦点となる一編。盗犯係へ配置換えとなった何森は、強行班が強盗容疑で逮捕した男に覚えがあった。かつての取り調べで異常なまでに警察側に“従順”な供述をしたことが印象に残っていたのだ。そして今回も男は刑事にうながされるままに犯行を認める供述をしていく。引っかかるものを感じた何森は、担当外にもかかわらず捜査に首を突っ込み、被疑者の男が“供述弱者”という特性を持っているのではないかと疑い始める。

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 最終話「ラスト」は“全生活史健忘”、いわゆる記憶喪失の男を何森が追う。かつて銀行の集金車を襲い、逃走する際の事故が原因で自分の身元すらわからない全生活史健忘になったと鑑定された男が、7年半の収監を経て仮釈放された。“名無しのロク”と呼ばれていた男は記憶を取り戻しておらず、身元引受人もいないために更生保護施設に入所。共犯者も強奪した現金の行方も不明のままであることから、かつてロクの取り調べを担当し、今は閑職に追いやられていた何森が監視役を担当することになった。ロクは何者で、なぜあんな事件を起こしたのか。それを探っていくうちに何森は、自分自身の過去とも向き合うことになる。

 3編のすべてに共通しているのは、なんらかの障害を抱えた社会的な弱者が事件に関わっていることだ。他の刑事たちは手がかりに直結しなければ、そんな問題をとくに重視することはない。しかし、何森はむしろ社会的な弱者の立場や視点、思いを理解しようとすることで事件の謎を解いていく。それは時に悲しい真実を明らかにし、世の残酷さを見せつけることもある。何森はそんな悲しさや残酷さを知っているからこそ、弱者の側に立って物事を考えることができるのだ。

 本作の大きな魅力のひとつは、この何森稔という強面で無愛想な刑事のキャラクターにある。裏表がなくて単刀直入、「俺は俺のやり方でやる」という孤高の精神を貫きながらも、胸には静かに熱い心を秘めている。何森は著者・丸山正樹の代表作『デフ・ヴォイス』シリーズ3作や『漂う子』に脇役として登場してきた人物。脇役ながら読者からの人気が高く、著者自身の愛着もあったことから、スピン・オフとして本作が生まれたという。これまでの丸山作品と同じく、世間からあたかも存在していないかのように扱われる人々の実情を丁寧に描きつつ、エンターテインメント性豊かなミステリー、警察小説としての楽しみも味わわせてくれる一冊だ。これからの何森の活躍にも期待したい。

文=橋富政彦