ラスト1行で恐怖がピークに…亡くなった大伯父の日記を読んだら奇妙なことが起き始めて――当たり前の日常を狂わせた「死者の日記」

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/19

火喰鳥を、喰う
『火喰鳥を、喰う』(原浩/KADOKAWA)

 身の毛もよだつホラー小説は、熱気が体にまとわりついてくる夏に最適。しかし、寒いこの時期でも、ぜひ手に取ってほしい作品がある。それが、原浩氏のデビュー作となった『火喰鳥を、喰う』(KADOKAWA)だ。

 本作は、2019年に創設された新人文学賞「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」で初めて大賞に輝いた作品。この賞は、ともに四半世紀以上の歴史を持つ「横溝正史ミステリ大賞」と「日本ホラー小説大賞」を統合し、新たに作られたもの。選考委員の有栖川有栖氏や辻村深月氏らから激賞された本作は2つの怪奇を軸にしつつ、読者を恐怖のどん底へと引きずりこむ。

亡くなった大伯父の日記を発見したら次々と怪異が…

 ある日、久喜雄司の周りで2つの奇妙な出来事が起こる。ひとつは先祖代々の墓が何者かによってイタズラされたこと。なぜか、太平洋戦争で命を落とした大伯父・貞市の名前だけが荒々しく削り取られていた。

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 もうひとつは貞市の日記が見つかったこと。地元の新聞記者が発見して持ってきてくれたその日記には、厳しい状況の中で懸命に生きようとした行軍記録がしたためられていた。

 しかし、「ヒクイドリ」という動物名が登場してから、日記の内容はおかしなことに。日増しに「ヒクイドリ」に関する記述が増えていき、生に対する貞市の異常な執着心もうかがえるようになっていった。

 なんだか妙な感じがする、古い日記…。それを共に読み終えた新聞記者はなぜかこんな言葉を漏らす。

“「久喜貞市は生きている」”

 ここから本作には一気に禍々しい雰囲気が漂い始め、作品のにおいが変わっていく。なぜなら、雄司の周りで不可解な出来事が次々と起こり始めるからだ。

 雄司はこの日記を貞市と共に従軍し、日本への帰還を果たした藤村栄にも見せた。すると、読み終えた藤村は突然、狂乱。後日、家が全焼し、藤村は意識不明の重体に。また、一緒に日記を読んだ新聞記者や祖父の身にも予期せぬことが起き、雄司自身も恐ろしい悪夢を見るようになった。

 そんな時、雄司は、いつのまにか日記に謎の文章が書き足されていることに気づく。

“ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ それは酔ったミミズがのたくったような文字だった。”

 その後も起こり続ける超常的な怪異に強い恐怖を感じた雄司は、妻の知り合いで超常現象に造詣がある北斗総一郎という男の力を借りることにした。しかし、事態はより深刻に。なんと、「ここにある現実」が「貞市が生きていることが前提の現実」にどんどん変わっていってしまうのだ。

 当たり前だった日常が狂気に侵食され、変わっていく様はスリル満点。文章だけで、これほどまでに人の恐怖心を高めることができるなんて…と驚愕する。

 しかし、本作の本当のおそろしさに気づくのは、ラスト1行を読み終えた後。恐怖の中にちりばめられたいくつかの疑問がひとつの線になり、作品の見え方が変わるのだ。ここに描かれていたのは単なるホラーではなく、時空を超えた生存競争なのかもしれない――。そう気づくと、当たり前のように自分の「今」が存在している奇跡に胸が熱くなり、もう1度はじめから本作を読み直したいという欲求を抑えきれなくなる。

「死者の日記」というパンドラの箱。それを開けてしまった先に待ち受ける恐怖と衝撃を、ぜひ多くの方に味わってほしい。

文=古川諭香