テレビの黄金時代を生きたクリエイター達を描く 15秒という題名の、60年間の物語

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/28

 高度経済成長期以降、長い間エンタメの王様であったテレビ。番組制作にはもちろん、合間に流れる15秒のCMにも、数多くのドラマと歴史がある。このたび紹介する作品は、1967年から2027年までのCM業界を活写する『15秒の旅』(吉田博昭/幻冬舎)。本作を読んでいると、その“たった15秒”のために、どれほどの人たちが情熱をささげてきたのか否応なく理解できる。

 現在第2巻まで発売中の本書。はじめ「テレビCMの話」と聞いたときは、新卒で大手広告代理店に入った主人公が、華やかな世界をテレビマンたちと渡り歩く、といったストーリーを想像した。だが、第1巻を読み始めてすぐ、そんな生易しい話ではないと気づく。現在は大手広告制作会社の名誉会長を務める著者・吉田博昭氏の体験をもとにした物語は、ひとことで言えば波瀾万丈だ。大学は中退する、気づいたら海外にいる(そして捕まる)、一世一代の大恋愛もある。自分の人生とはあまりにも違う豪快な生き方に、たちまちのめり込んだ。

15秒の旅
『15秒の旅』(吉田博昭/幻冬舎)

 物語は、主人公の吉野洋行が高校3年生だったころから始まる。時は1967年、高度経済成長期の真っただ中だ。吉野は、祖父と同じ法律家の道を期待されるが、人を裁くよりも誰かを楽しませる仕事がしたいという思いを秘める。それでも法学部に進学した彼の人生は、友人が持ち込んだCM制作のアルバイトによって転機を迎えた。

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 現場は刺激的だった。きたるコンペの期日に向けて、アイディア出しから絵コンテ作り、プレゼンへと駆け抜けていく。偶然にもアイディアが採用された吉野は、広告の仕事で生きていくことを決意。そして、そこからの行動力がすさまじい…(笑)。なんと彼は大学を中退し、業界入りを目指すのだ。

 しかし、中途採用枠に応募するもすべて落ちてしまい、まずは生活のためにカフェで働くことに。そんな彼に、アルバイトで知り合った業界人・亀山から、ある仕事の話が舞い込む。大手企業のCMをフランスで撮影する話があるらしい。高校でフランス語を勉強していた吉野はその語学力を見込まれ、現地のコーディネーターの下っ端として働いてほしいと頼まれた。これがとんでもない大冒険につながる。

 まるで朝ドラのよう、といえば伝わるだろうか。本作の魅力は、かつての日本を振り返る歴史小説的なおもしろさと、ひとりのクリエイターの人生を丸ごと描く解像度の高さの掛け合わせにある。先日発売された第2巻では、時代が1970年代に突入。吉野は大冒険の末に日本に戻り、弱小制作プロダクションに入る。初めてCM監督をすることになるが、当然一筋縄ではいかず…。第3巻は来春発売予定だが、この物語はもともとWEB連載から単行本化しており、さらにその先の物語は、WEBサイト「CMクリエイターの長い旅」に掲載されているから、続きが待てない方はこちらをチェックしよう。

 そして気になるのがシリーズの終着点。終わりは今よりも少し先、2027年に設定されている。YouTubeなどの動画配信サイトの台頭で、いつまでも“王様”ではいられなくなったテレビ。広告そのものがその存在価値を問われている。吉野はメディアの、そして自分の未来について何を語るのだろうか。ラストまで目が離せない。

公式サイト:CMクリエイターの長い旅

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7