ジャルジャル福徳の穏やかじゃない青春小説! 孤独なもの同士の数奇な出会い。5ページにもわたる告白の凄まじさ

文芸・カルチャー

更新日:2020/12/21

今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(福徳秀介/小学館)

 2020年の「キングオブコント」で優勝したお笑いタレント、ジャルジャルの福徳秀介が初の小説『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館)を上梓した。福徳は元々文章を書くのが好きで、知人に「書いてみたら?」と言われ執筆を開始。改稿に改稿を重ね、4年をかけて完成したという。

 舞台は著者の出身校でもある関西大学。主人公は同大学2年生の小西徹だ。入学前は充実で華やかなキャンパスライフを謳歌するつもりだった小西は、実際には孤独で冴えない毎日を送っていた。楽しそうな学生のグループを妬みながら、唯一の友人である山根と学食でだらだらと喋ってばかりいる。

 小西はキャンパス内で一年中日傘を差している。この日傘は自分を周囲から遠ざけるための鎧のようなもの。「あいつは変人だから近づかないようにしよう」と自分を避けてもらえば、堂々とぼっちで過ごせるというわけだ。

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 そんな小西は、遠くから見ても目立つ大きなお団子ヘアーの桜田花に魅了される。いつも出入口にいちばん近い席につき、授業終了後真っ先に退室する彼女に、小西は謎めいた魅力を見出す。

 小西はさりげなく彼女に接近し、徐々に関係を深めていく。不器用で孤独を愛するふたりは、お互いに近いものを感じたのだろう。だが、ある日ふたりで集合する約束をしていた場所に花は訪れず、そのまま彼女は大学内から姿を消すように見かけなくなってしまう。

 一方で、小西と同じく銭湯のアルバイトをしているさっちゃんが小西に愛の告白をする。さっちゃんは、頻繁に顔を合わせるのに自分の本名すら知ってもらえていない、と小西に不満をぶちまけ、過剰にエモーショナルな想いを吐露する。せっぱつまってテンパったその告白は、実に5ページにもわたる。

 小西と山根は前半、不器用ながらも健やかな大学生活を送る。だが後半、花と音信不通になり、山根とも喧嘩してしまった小西はひどく落ち込む。そこで彼は感傷を振り払うように毎日ひたすら走った。何のために走っているのか自分にも分からない。何かに没頭しないと発狂してしまいそうだったのだろう。その悲壮な姿は前半と対比的に描かれており、この落差がストーリーに抑揚をもたらしている。

 終盤、小西は親しかったある人物の不幸を知り、かつてさっちゃんが小西にしたような勢いで、5ページにわたり思いを繰り出す。事実を飲み込めない小西は、 抑えきれない感情をバーストさせる。そして、駄々をこねるように、「嫌じゃ! 嫌じゃ! 嫌なんじゃ!」と叫び続ける。文字通り、地団太を踏むのである。

 また、小西は迷ったり悩んだりすると、ふと立ち止まって、仲がよかった祖母の言葉を度々思い出す。度々挿入されるその言葉はどれも秀逸で、落ち込んだ小西の背中を押してくれる。以下3つほど例を挙げる。

〈どれだけ顔を綺麗に化粧しても背中だけは化粧できない。背中は一生、すっぴん。(略)常に他人から背中を抜き打ちテストされていると思っときや〉

〈日曜日は未知曜日。すごいことが起こるかもしれへんでー。未知やでー〉

〈くだらないことは素晴らしいんだよ。だって『下らない』んだもん。つまり、上り続けるってこと。だから、くだらないことはたくさんしなさい〉

 こうした祖母の名言は、福徳が自分で考えたという。達観したような言葉の数々には幾度となく唸らされた。これらの言葉は決して添え物ではなく、小説の中で重要な役割を担うのだ。

 決して健やかで爽やかな青春小説ではない。時にヘビーな描写に押しつぶされることもある。だからだろう、書名の「~とまで言えない僕は」という部分には、小西の迷いや当惑が見え隠れする。だが身近な人の不幸を経験したことで小西は逞しくなった。もう、キャンパス内で日傘を差す必要がなくなったのではないか――主人公の「その後」を考えると、そんな予感がしてならないのだった。

文=土佐有明