歌詞が書けない彼女のために詞を書いたことから“僕”の人生が動きだす――号泣必至の感動ラブストーリー

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/25

君が最後に遺した歌
『君が最後に遺した歌』(一条岬/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 田舎町で祖父母と暮らす高校2年生の春人は、趣味の詩作を通してクラスメイトの遠坂綾音と接触する。「一緒に歌を作ってほしい」と頼まれて、彼女と音楽活動をはじめることに。“ある事情”から作詞をすることができない綾音のために、美しい歌詞を書いていく春人。いつしか二人は惹かれあうが――。

 数多くのきらめく才能を発掘してきた国内最大級の新人小説賞、電撃小説大賞。とりわけ有望な書き手に授けられる『メディアワークス文庫賞』を昨年度『今夜、世界からこの恋が消えても』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)で受賞した一条岬の待望の2作目、『君が最後に遺した歌』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)が発売された。

 主人公の春人は17歳にして自らの将来を見極めている。

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 彼の夢は、高校卒業後に地元の役場の公務員になること。そして親代わりとなって自分を育ててくれた祖父母を介護し、看取ること。平凡に生きて、平凡に死ぬ。そんな、夢と呼ぶにはあまりにも実直かつ堅実な人生計画を立てている。

 しかし、計画というのは往々にして予定通りにはいかないものだ。

 学校内で孤高を貫き、“アイアンレディ(鉄の女)”の異名を持つ容姿端麗の同級生・綾音。外見といい雰囲気といい、あらゆる面で自分とは異なる世界の人間にしか見えなかった綾音から詩の才能を見込まれる。それをきっかけに春人の人生計画は、意外な方向へと進む。

 綾音が作曲と歌を担当し、春人がメロディに歌詞をつける。2人はコンビを結成し、さまざまなことをしていく。放課後の空き部室でのミーティング、初めての路上ライブ、レストランでのコンサート本番。綾音を通して春人の世界は少しずつ拡がっていき、そして必然的に彼らは恋に落ちる。

「歌っている時だけは、世界が私を愛してくれる気がするんだよね」と綾音は春人に語る。

 ディスレクシアという学習障害のある綾音は、人の何倍もの努力をして生きてきた。つらい思いもたくさんしてきた。超然としたキャラを装って自らを武装しているけど、本当はごく普通の、傷つきやすい女の子だった。

 春人にとって詩が救いであるように、綾音にとって歌は世界と自分を結ぶものだ。春人との音楽活動によって才能を開花させる綾音は、歌手の道を歩みはじめる。

 地元を出て広い世界へ羽ばたく綾音と、そこにとどまり続ける春人。綾音を心から愛しているものの、いや、愛しているからこそ彼は彼女を送り出す。綾音にとって歌うことは生きることだから。そんな彼女の可能性を、自分との恋愛で潰すわけにはいかないから。

 2人の出会いから別れ、数年後の再会と恋人同士としてのリスタート、そしてやってくる試練のとき……。綾音と巡り会ったことで思いがけない方向へ進んでいく春人の人生が、著者独特のしっとりとした繊細な筆致で、じっくりと紡がれていく。

 人を愛することの嬉しさ、楽しさ、幸福感。悲しさ、苦しさ、絶望感。そして最後に遺った希望。生きることにまつわる、あらゆる感情と感動が詰まっている物語だ。

文=皆川ちか

『君が最後に遺した歌』作品ページ