「今月のプラチナ本」は、槇 えびし『魔女をまもる。』

今月のプラチナ本

更新日:2021/3/9

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『魔女をまもる。』(上・中・下)

●あらすじ●

舞台は16世紀の神聖ローマ帝国。「魔女」や「悪魔」の不穏な噂に隣国がざわめく中、領主ヴィルヘルム5世のもとに、とある村から「村の娘が人狼に襲われた」という知らせが舞い込む。そこで一連の騒ぎを収めるよう、侍医であるヨーハン・ヴァイヤーを派遣するのだが……。魔女狩りが横行する時代、医療によって彼らを救おうとした、精神医学の先駆者といわれる医師の生涯を描いた傑作歴史マンガ。

まき・えびし●マンガ家、イラストレーター。著作に『天地明察』(原作:冲方 丁、講談社アフタヌーンKC)、『朱黒の仁』(朝日新聞出版)など。

『魔女をまもる。』書影

槇 えびし
朝日新聞出版Nemuki+コミックス 各900円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

魔術はファンタジーではなく、歴史だ

著者は中巻の後記にこう書いた。「魔術はファンタジーではなく、歴史だ」。われわれがマンガや映画で見てきた悪魔や魔術のほとんどは、ファンタジーでありCGだった。しかし当時の人々にとっては、疑う余地のない現実だったのだ。その現実に疑問を抱くことのむずかしさ。ほとんどの人は「現実は現実でしょ」と思考を止めるはずだ。ではわれわれは現在の「現実」を疑い、「知る」ことができるのか。本書に描かれた「歴史」は安直なハッピーエンドなど迎えず、現在にまで続いている。

関口靖彦 本誌編集長。自分が10代のころはオカルト本ブームで、二見書房の『禁書 悪魔の呪法』とか『禁書 黒魔術の秘法』とか買いまくってました……。

 

ひとり、立ち止まれるか

「見えないからだ 知らないから怖いのだ ヨーハン 知る事をためらうな たとえそれが悪魔でも−−」。実在した医師ヨーハン・ヴァイヤーと魔女狩りをめぐる物語は、2021年の私たちが抱える問題と、とても似ている。病、宗教、人種。“知る”ということは、ただ知識を詰め込むだけではないことを、本作品が教えてくれる。その恐怖心はどこからくるのか。伝播する恐怖に打ち勝つには、立ち止まり目を見開くしかないのだろう。その難しさをひしひしと感じながら読み終えた。

鎌野静華 衝動的に買ってしまったオレンジのキッチンマット。でも本当は古くなったヤカンを買い替えたくてキッチンコーナーを見ていたことを思い出す。

 

全3巻一気読み! 生きる希望をくれる物語

主人公・ヨーハンの柔らかな物腰に騙された! 知性と痛ましいほどの悔根に裏打ちされた、信念と探求の物語だった。タイトルの「魔女」にはあらゆる言葉が代入できる。家族、恋人、仲間、自分自身の信念。彼の師であるアグリッパが、恐怖で民衆を支配する権威に立ち向かい振りかざした勇気と知恵は、確実に私たちにも受け継がれていると信じる。作者の槇氏が実在するヨーハンの著作に触発されて本作を描いたように、信念は時を超えて伝播する。私もそのように生きて、死んでいきたい。

川戸崇央 今年も岩手県庁さんとタッグを組んで「いわてダ・ヴィンチ」を制作しました。故郷に仕事で関われるというのは幸せなこと。1月15日全国発売です!

 

いま私たちに必要な物語

〈“無知”は“恐れ”を呼ぶ〉〈不安から来る恐怖で他人や自分を傷つけるんだ〉〈わからないから人は恐れるのだと師はいつも言っていた だから「知れ」と〉。精神科医の先駆者であり、16世紀ヨーロッパで魔女を救うために奔走する医師・ヨーハンのその言葉は、昨年パンデミックに陥った未だ隣り合わせにある未知のウイルスに怯える自分の環境にも似ているようで共感した。三巻同時発売という展開で、途切れることなく物語を駆けられたのも素敵。今作はきっと今の私たちに必要な物語だ。

村井有紀子 テニスばかりに通ってましたが、今年はすご〜く働く年になりそう(企画や書籍がぎっしりある……)。そろそろ働きマンスイッチいれます……。

 

「まもる」側でいられるか

これはちょっと学びが多すぎではあるまいか。よくわからない病を前にした人間が、おびえ、とまどい、自分と病者を差異化してくれるストーリーを切実に求めるさまが、あざやかに描かれている。そして人びとのとめどない不安は、やがて政治に利用されていく。ここに描かれているのと似たようなことは、つい最近もあった気がする。魔女狩りなんて信じられないと思いつつ、魔女を火あぶりにして安心したい心は、私の中にもきっとある。でも、まもる側でありたい。そのために本を読むのだ。

西條弓子 わからないことに怯え、暴力的に解決しようとする衝動で、いくつの機械類を壊してきたかわからない。今年の抱負は、ちゃんと説明書を読むこと。

 

この世の境界の不確かさ

神や悪魔の存在は信じながら、魔女だとされた人への疑惑だけを、医学で否定する。16世紀ヨーロッパで、そんな離れ業をやってのけるヨーハンの姿に、『逆転裁判』的なすがすがしさすら感じた。作中で繰り返されるのは、「見えないから恐れるのだ」「知る事をためらうな」という師・アグリッパの教え。未知の恐怖に対抗できるのは、都合のいい物語ではなく知識だ、と理解しつつも、時代によって知識の正しささえうつろう。だから人の心から魔女がいなくならないのかもしれない。

三村遼子 子どもの頃に愛読していた『魔女図鑑』。翻訳書ならではの文体と可愛くない絵に本物っぽさを感じていました。その後訪れる、おまじないブーム……。

 

“恐怖の種”は今も私たちの中に

16世紀、魔女狩りが横行した時代、医療の力で魔女とされた人々を救おうとしたヨーハン・ヴァイヤーを描いた本作は、人狼や魔女の存在が創り上げられる過程がとてもリアルだ。一つの疑念が人々に“恐怖の種”を残し、不安が伝播することで“なかったはずの存在”が創造られていく。そこにあるのは人々の信じる力のみ。“恐怖の種”は今も私たちの中で静かに根を張っているのだろう。未知の恐怖に支配されたとき、人狼や魔女を創り出すきっかけが自分の中にあることを忘れずにいたい。

前田 萌 パルクールをやってみたい今日この頃。運動不足にもかかわらず、やる気だけはあります。きっと次の日は筋肉痛……。ハードすぎますかね……。

 

正しく世界を見るためには

人狼、魔女、悪魔……ファンタジーの世界では妖しい魅力を放つ彼らの存在だが、現実世界では人々をたちまち恐怖に陥れる。というより、理解の範疇を超える異端な存在を、人はそれらの名前で呼んできたのだろう。本作の主人公で医者のヴァイヤーは、そんな恐怖から生まれた迷信に科学の力で立ち向かう。中世の医術自体は今から見れば眉唾物かもしれないが、それでも目を逸らすことなく知性で恐怖と向かい合う彼の姿は、時代を超えて現代の私たちにも大切なことを思い出させてくれる。

井上佳那子 部屋に山ほど積まれた未読本を一気読みしようと計画。しかし気づけばそれを上回る量の書籍を新たに購入してしまっているという無限ループ……。

 

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